生徒が怪我した時、責任を持つのは学園側だ。
危険な職業を目指している人間が志願して入ったのに、学園側が怪我を恐れる。
そんな教育体制じゃ、実力なんてつきっこない。


「学園に戻ったら、報告書ついでに嘆願書でも書くか」


北川達みたいに、粒揃いの原石が揃っていたんだ。
まだ眠っている原石が学園にあるのではないかと思ってしまう。
冗談ではなく、本気でやってみようかと考えてしまう俺がいた。









































みんなを鍛えて、そこら辺にいるような二流とは格が違うレベルまで至った頃。
俺たちはルナ・フォースが生えているという区域の近くまで来ていた。

「なぁ、久瀬」
「なんです?」

最近戦闘であまり出番の無い俺と久瀬。
頼もしいようで微妙に寂しい気もするが、俺は何かを忘れているような気がしていた。

「ルナ・フォースって、普通に採取できる植物だったか……?」

引っかかっているのは、俺たちの採取の目的物であるルナ・フォースだ。
月の光が差し込む、山の奥地だっていうのは一般でもよく聞くが……
なんでかなぁ、なんか忘れているような気がするんだよなぁ……

「危険性で言うのなら、通常なら上の下と言った所でしょうか……」
「あぁ、そういや異形が結構うろついてる所にあるんだっけか」
「まぁ、このメンバーで採取にあたれば対した問題ではありませんが」

今やすっかり一流と言っても差し支えのないメンバーだ。
油断や慢心もほとんどなくなったし、山にいるような異形相手なら問題ないだろう。
でも、なんかまだ引っかかってるんだよなぁ……?

「恐らく、祐一が忘れているのはルナ・フォースの保存方法でしょう?」
「……あっ!」

どうせ、俺のことだから気付かないだろうという雰囲気を隠す気もなく、久瀬はそう言った。
そうだ、なんか忘れてるんだよなぁって思ったら、保存方法か。

「祐一、保存方法ってどういう事?」

襲い掛かってきた異形を倒し終わったのか、みんなが俺たちの方に近づいてくる。
そして、真琴が何故か代表として聞いてきた。

「ルナ・フォースってのは、確かに万能に近い効果を持つ植物なんだけど、すごい弱いんだよ」
「採取して、一時間もしないで枯れてしまうくらい、保存が難しいのです」
「一時間って……そんな短い時間じゃとてもじゃないけど下山できないわよ?」

時間を聞いて、香里が慌てたように言ってきた。
確かに、引っこ抜いてしまえばすぐに弱っていくくらいの弱さなんだよなぁ。
ルナ・フォースの採取量が絶対的に少ない理由は、異形と植物の弱さ、この二つが相まって難易度に繋がっている。

「一応一般に知られてる採取方法としては、根っことその周りの土ごと回収するんだけど……」
「土ごととなると、重量や持ち運びで難ができてしまいますね……」
「その通りだ天野、親父たちは無制限って言ってたが、一本や二本じゃ満足しねぇだろうし……」

土というのは、少なければ問題ないが、量が増えるとどうしても重さがネックになる。
と、なるとやっぱり一番いいのは余分な物を切り捨てて採取するべきなんだが……

「……んー、今考えても浮かばないし、とりあえずルナ・フォースを見つけてから考えるか」
「問題の後回しとも言えますが……僕も実物を見た事がないので、なんとも言えないですね……」

結局、すぐに良い運搬方法が思いつくことも無く、先へ進む事を選ぶ事にした。
親父が提示した期限も、半分が過ぎているからな、目標を見つけて置かないと話にならない。

「ルナ・フォースの事もだけど、そろそろ水浴びくらいはしたいよ……」

そう、俺たちが今直面している問題は、もう一つあった。

「そうね……さすがに身体を拭くだけじゃ限度があるものね……」

俺や北川、久瀬は男だから簡単に身体を拭くだけでも十分ではある。
だけど、名雪達からすれば、もう暫くまともに身体を洗えていない状態になっている。
よく分からない感覚だが、女の子からすれば、死活問題なんだろう。
名雪の一言を皮切りに、多かれ少なかれ不満が見て取れた。

「……これは、今日の野営地は水場の近くにした方がよさそうだな」
「……ですね」

とはいえ、見渡す限りの鬱蒼とした森で、そう簡単に水浴びできるくらいの水場が見つかるだろうか?

「……ん? おい、相沢」
「どうした、北川」

すでに何か開き直ったのか、半形態(ハーフウルフ)になったままの北川が、何かを感じ取ったらしい。
一部以外は人と変わらない体で、何かのニオイをかいでいる姿は、微妙にシュールだなぁ。

「あっちの方に、少しだけど水のニオイがするな」
「水って……川か?」
「いや……流れる音があんまりしてねぇな……少なくとも川じゃねぇ」

獣のそれとなった耳も動かしながら、北川は水があるらしい方向の気配を探っていた。
それに合わせて、久瀬や真琴が同じ方向の気配を探っていた。

「……どうだ、なんかいるか?」
「僕の探知には引っかかりませんが……」

久瀬は、特に何も見つからなかったらしい、肩を竦めてそう言った。
だが、なぜか真琴は先を睨んだままだった。

「……真琴?」
「奇妙……気配が、なさ過ぎる気がするのよぅ」
「気配がなさ過ぎる……?」

単純に取れば、危険は無いとも取れるが……真琴の態度から考えるとそれだけじゃなさそうだな。

「異形じゃない、小動物の気配も全然感じられないのよぅ……おかしいわよぅ」

水場に小動物がいないってのは、確かにおかしいな……
水は生きていく上で必要不可欠な物だ。
それは人間であれ、小動物であれ、果ては異形であれ変わらない。
なら、何かがあると考えるのが妥当か……

「警戒する必要はありそうだが……貴重な水場に行かないって訳にもいかないよな」

確かに俺たち男組も、水浴びくらいは適度にしたいと思う。
ならどんなことだろうと対処できるようにして、安全を確保してしまえばいいだろう。

「悩んでも仕方が無い、みんな警戒態勢のまんまで行ってみよう」

俺の最終決定をみんなが頷いて了承したのを確認して、俺たちは水場があるであろう方向へと移動を開始することにした。
さてさて……一体何が出てくるんだろうな。

「……見た目は、綺麗な泉って所だよな」

いくらか向かってきた異形を退治しながら、俺たちは水場へと辿り着いたんだが……

「綺麗だけど本当に何もいませんねぇ……」
「はちみつくまさん」

佐祐理さんと舞が、素直な感想を漏らした。
泉の中では魚が泳いでいるのが見える。
水の方に危険はないってことか……
試しに水を掬い取ってみたが、強酸性なんてオチはなく、普通の水だった。

「と、なると……やっぱり地上に何かがいるって事か」

だが、動物や異形の気配がないっていうのは、やっぱり妙だな……
それに、さっきから少しずつ増しているこの殺気……

「っ!相沢、水瀬達を!久瀬は倉田先輩を!!みんな、水場に飛びこめっ!!」
「え、え?」
「はえっ!?」

北川の声と共に俺は名雪と天野を、久瀬は佐祐理さんを。
そして、北川は香里と栞を抱え、他に反応できていた真琴や舞は自分から水場へと跳躍した。

「植物型の異形って事か……」

着地し、抱えていた人を降ろすと、ようやく敵の正体がはっきりとした。

「……人食い植物(マン・イーター)ですね」
「あぁ、どうやらここはこいつらの群生地らしいな……」

大きな花弁の中心に、大人でも丸呑みしそうなくらいの口と、するどい牙が生えている。
一体だけならたいした事はないが、ここまで大量に生えていると嫌悪感すら起こるな……
数えるだけで二桁は軽く超えている人食い植物(マン・イーター)が、俺たちに襲い掛かろうと蔦を伸ばしていた。

「うねうねして気持ち悪いわね……」
「恐らく、動物たちはこの異形に食べられてしまったのでしょう」
「……うさぎさん……斬る」

なるほど……こいつらのせいでこの泉には動物の気配が無かったって事か。
にしても舞よ、何故に動物がうさぎ限定なんだ?

「……酷いです!これはもう天罰です!情状酌量の余地はありません!」
「同感ね」




















……とりあえずまず結果だけをお知らせしようと思う。
戦いになるなんてそんな生易しいモノではなく、あれは一方的な虐殺、もしくは蹂躙と言って問題ないだろう。

「……いやぁ、こうなると逆に哀れだよなぁ」

いくら数がいようが、余り見かけない植物型の異形だろうが……
怒れる乙女達の敵ではなかったようです。

「さすがに、少しばかり同情を禁じえませんね……」

みんなで蔦を切り払いながらかく乱し、相性最悪の属性を持つ香里と真琴がトドメを刺した。
それも手加減無しの火力で。

「それじゃ、みんなで野営の準備始めましょ」
「そうですね、それじゃあ佐祐理と舞は食べる物探してきます」
「はちみつくまさん」

ものの見事に、人食い植物がいたあたりは、真っ黒こげの炭だらけだった。
他のところに被害が無いところを見ると、みんなの実力がかなり上がったのを見て取れるが……
戦ってる時のみんなは怖かったなぁ……まさに戦乙女みたいな……

「女って、怒らすと怖いよな……」
「あぁ、これは怒らせないようにすべきだな」
「さすがに、同感です」

和気藹々と野営準備をしているみんなを見ながら、男どもは素直にそんな感想を抱いた。
ほんとに怖かったんだって、マジで。

「それじゃぁ、相沢君、北川君、久瀬さん」

ある程度野営の準備が終わった時、香里が俺たち三人を呼んだ。
寝るところの準備を始めていた俺たちは、香里に呼ばれるがまま、なぜか一際でかい木の方へと向かった。

「さて、男の子諸君には、暫くここから動かないで貰うわよ」

言うが早いか、俺たち三人は、香里と天野が張った防御魔法みたいなモノの中に閉じ込められた。
みたいなものって言った理由は、張られてすぐに体が妙に重くなったからだ。

「私たちはこれから水浴びするんだけど……覗いたらコロスわよ?」

鬼ですら殺せそうな目で見られ、頷く事しか出来なかった。
あんな風に睨まれるとは、よっぽど水浴びしたかったんだなぁ……

「そんなに時間をかけないつもりですので、暫くの間我慢していてください」
「まぁ、そんな気もないからゆっくりしてくれ。次はいつ入れるかわからないしな」

重いとは言え、活動できないほどじゃない。
俺たちはその場に胡坐で座りながら、香里達にそう告げた。

「……僕達も、彼女達の後に軽く汗を流すくらいはしておきましょうか」
「……だな」

こっそりと覗きに行こうとしている北川を捕獲しながら、この重圧から開放されるまでの間のんびりと話をして時間を潰す事にした。
……それにしても北川、お前あれだけの形相で睨まれた後、よく覗きに行こうとするよな。

「ふ……なぜならそこに美坂が入っているからだ!」

よく分からない事を力説された。
最終的に殴って黙らせたけどな。















あとがき

ちょっと覗きイベント混ぜようかと思ったけどやめた。


初書き 2008/08/04
公 開 2008/08/07



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