こっそりと覗きに行こうとしている北川を捕獲しながら、この重圧から開放されるまでの間のんびりと話をして時間を潰す事にした。
……それにしても北川、お前あれだけの形相で睨まれた後、よく覗きに行こうとするよな。

「ふ……なぜならそこに美坂が入っているからだ!」

よく分からない事を力説された。
最終的に殴って黙らせたけどな。









































「……さすがに、もうそろそろ帰路の事も考えなきゃまずいか?」

この山に入ってからの日数を計算してみたが、気付けば半分が過ぎていた。
そりゃそうだよなぁ……
三週間という期限のウチ、みんなを鍛えるために一週間以上消費してるんだから。

「そうですね……祐一、確認ですが来るときと同じ手段は下山後もできるんですね?」
「あー、まぁあの鳥は一回でものしてやれば言う事聞くから、たぶん大丈夫だとは思う」

契約した時も似たような事やってたからなぁ。
そのお陰で多少地図にクレーターがあるって書かなきゃいけない所ができたけど。

「なら、一番優先すべき事は山を降りて平地に戻るという事ですね」

こんな山の中であの鳥を呼んだら、それこそ下手したら山が消える。
ルナ・フォースが生えている貴重な自然のポイントが消失する事は避けたい。
結局、来た道を戻るってのが一番確実って言えば確実なんだろうが……

「その場合、またあの崖を通るんだよなぁ……」

真琴の件もあるから、あんまり同じ場所には近づきたくないんだが……
誰かが落ちるなんて事が再度起こらないとは言い切れない訳だし。

「そうですね……あの時は特に気にしていませんでしたが、戻るときは一列で動いた方がいいでしょうね。多少の危険は付きまとってしまいますが」
「とりあえず、あいつらの力を信じて無いわけじゃないが、俺と久瀬が先頭と殿か」

久瀬が先頭で敵を切り払い、一人なら飛べる俺が殿を勤める。
上や下からの奇襲以外は、なんとかなる布陣だとは思うが……

「ですが、ルナ・フォースを持つために人員を裂かなくてはいけない以上、中堅も抑えられる人が欲しい所ですね……」
「あぁ、順当で行けば人狼状態の北川、火力が高い真琴あたりだろうな」
「いっそ、その二人をそこについてもらうとしましょうか、一人でやるより確実性が高い」

そうだなぁ、近距離なら北川がメイン、遠距離なら真琴がメインでいけるか。
と、なると俺、久瀬、北川、真琴はルナ・フォースを持つ人員にはなれないな。
残った奴らの中で、持つ人を決めておかなきゃいけない。

「僕が決定権を持ったとするならば、水瀬君、妹君、天野君あたりを選ぶだろうね」
「天野に関しては俺も同意だ、合流する前に符を全部使っちまってるから今のメインの対抗策は地の魔法がメインのはずだしな」

これからの人選に関して、久瀬と頭を捻っていると、どこからともなくうめき声が聞こえた。

「おい……相沢……」
「……ん、北川。どうしたんだ?」

北川の方を向くと、北川はうつ伏せのまま一生懸命力を入れて起き上がろうとしていた。

「どうした? じゃねぇ! なんで俺の上で話し合ってやがるんだよ!!」

そう、先程覗きに行こうとした愚か者をシバキ倒したが、無駄なところで不屈だったらしい。
這ってでも進もうとしていたので、遠慮無く座らせてもらった。
ちなみに、現在も香里達の魔法は継続中で、俺の重量はそこそこになっているかもしれない。

「重いっつってんだよ! どけよ早く! むしろどいてくださいお願いします!」
「んー、もう覗きなんてアホなこと考えないなら避けてやるよ」

そもそも、覗きに言って一番被害にあうのは間違いなくコイツだ。
それを止めてやってるんだから、逆に感謝されてもいいと俺は思うんだがね。

「……それは、確約できねーな」
「…………」

コイツは……真正のアホだ。

「久瀬」
「ですね」

唐突に魔法で地面に穴を開ける久瀬。
そして、それが出来上がった後、俺は問答無用で北川を放り込んだ。

「な、ちょ、待て! さすがに顔が出てないと洒落にならなっ……!」
「穴くらいは開けといてやる、十分ほど潜って反省してこい」

本当に、空気が入るくらいしか隙間を残さず、俺と久瀬は北川を埋めておいた。
これで、地面の中を移動しない限り、向こうに行くのは無理だろう。

「……何やってるの、貴方達?」

どうやら、話し合ったり北川を埋めているウチにそれなりの時間が過ぎていたらしい。
水浴びに行く前より、若干さっぱりしたと言いたげな女性人が戻ってきた。

「アホが覗きに行こうとしたから、見ての通り埋めておいた」

北川が埋まっているあたりを指差してやると、香里の纏う空気が変わった。
……哀れ北川、蒸し焼きの刑か。

「戻って来たのなら、この魔法を解除していただきたいのですが?」
「あ、申し訳ありません」

とりあえず、北川が埋まっている方向を視界に入れないようにしておいた。
ま、北川だし、大した問題じゃねぇだろう。






「一応、さっき久瀬と話してたんだが……」

ゾンビの如く地面から抜け出てきた北川を連れて、男連中は簡単に水浴びを済ませた。
その時、ちょっとした男の戦いが繰り広げられ、北川がへこむという状態が起きたが……
まぁ、これは些細な事だ。

「ルナ・フォースの保存法、それと運搬メンバーの選出。これを先に決めておこうと思う」

久瀬の魔力を借りて作った大きめの絶界。
完全に休息を取る前にその中で思い思いに座りながら、今後の予定を決める事にした。

「保存方法については僕の方で案が二つあります」

何故か挙手制が採用され、発言したい奴が手を挙げ、俺がそいつをさすと言う奇妙な状態が出来上がっているのは気のせいだろうか?

「一つ目は、簡単に言ってしまうと、ルナ・フォースを土ごと凍らせてしまうのです」
「凍らせるって……言うほど簡単に出来るとは思えないんだけど?」
「それに、土ごと凍らせてしまえば、運搬にもどうしても問題が発生するのでは?」

香里、天野の秀才コンビが、問題点をすぐに指摘してきた。
だが久瀬はそれに首を縦に振って二人の疑問を肯定した。

「その通り、ただでさえ土という余分な物にさらに氷という付加物まで追加される。これでは恐らく量を採取するには不向きです」

氷っていうのは、その大きさに反して密度が高く重い。
仮にその運搬方法を試したとしても、一人いいとこ六つくらい持ったら限界だろう。
もちろん、機動性とかそういう要素を考えないとすればもう少し持てるだろうが……

「じゃぁ久瀬さん、もう一つの方法って?」

手を上げた千尋がその疑問を口にした。
すると久瀬は、左手を上げると短く詠唱し見慣れたモノを生み出した。

「これは『ゲート』と呼ばれる闇属性の魔法です。効果と言えば、簡単な時間という概念の破棄と言っても差し支えないと思われます」
「そういえば、久瀬さんさっきもそこから実を出して佐祐理たちにくれましたね」
「はちみつくまさん……すっぱかった」

お気楽上級生二人がそんな事を言っていたが、俺は久瀬の考えに感心していた。
確かに、ゲートを使えば食料ですら保存が出来ていた。
それなら、重量などに気を使う必要もなく、運搬要員など考える必要性もなくなる。

「ですが、こちらも問題があります」
「……問題?」
「えぇ、確かに食料などの保存も可能な魔法ではあります。ですが、万能であるかと問われればそれには首を傾げる事になります」

そう言われて、少なからず『闇』属性をメインで使っている俺や千尋は納得してしまった。
北川も闇属性を持ってはいるが、その本質自体は『金』のようで、話についてきていない。

「……ルナ・フォースも食料と同じようにその中で保存できる確証が無いって事か」
「えぇ、ストックした事がない以上、保存が効くかどうかわからないのです」
「ですが、時間と言う概念が破棄できるのでは?」

天野の疑問は最もだと思う。
だけど、俺たちもこの魔法を完全に理解して使っているわけじゃない。

「確かに時間という概念を破棄できるかもしれない。でも、それはあくまで推測でしかないんだ」

本当に時間という概念を破棄できるかと言われれば、それは不可能だと考えられる。
なぜなら、時というのは常に動いている。
それを止めるような芸当が、この程度の魔法で出来ていいのだろうか?
もしかすると、本当の効果は違う可能性もありえる。

「さらにルナ・フォースという植物自体が特殊という場合も考えられなくはないでしょう」
「要するに、確実な要素っていうのはどこにもないって訳ね」
「その通りです。そしてその二つが僕が現状で考えられる方法ですね」

言う事を言い切ったのか、久瀬はそう締めくくって口を閉ざした。
他に方法があるならそれでも構わない、自分が上げたのはあくまでも選択肢の中の一つだ。
そう言葉を使わずとも言っているのがわかったんだろう、今度はみんなで頭を捻る事になった。

「あぅ……難しくてよくわかんない」
「あー、俺も沢渡に同意見だ。いまいち話についていけねぇ」

だが、残念ながら話についてこれてもいないのがこの場には何人かいたようだ。
だが、そういう奴らこそ、こういった停滞してしまった話し合いの場に飛んでもない案をもたらすもんで……

「よくわかんないけど、そのルナ・フォースってそのままで運ばないといけないの?」

……そして、真琴は突拍子も無い事を言い出した。

「あぁ、それは俺も疑問だった。相沢とか久瀬はそのまま運ぶ事をメインに考えてるんだろうなって事はわかるんだが、そのままじゃないと効力が無いとかってあるのか?」

―――――どうせ磨り潰したりするんじゃねぇの?
北川が言った言葉を理解すると同時に、俺や久瀬、香里や天野はそれぞれが同時に顔を見合わせた。

「……確かに、なんで俺たちそのままの状態で運ぶ事をメインに考えてたんだ?」
「盲点でしたね……」

この依頼を受けた時、採取という言葉から自然にそのままの状態を運ぶという考えが生まれた。
だが、親父は一言も【そのままの状態】で持って来いとは言っていない。

「そうなると、一輪だけ凍らせるなり、相沢君たちの魔法に保存するなりしておいて、後は全て磨り潰したりしてしまっても問題ないってこと?」
「そうだな、証拠となる一輪さえ持っていけば、中身が偽者だと言われる可能性もかなり下がる……」

それに一輪だけならば、そこまで言うほど重量問題なんかも発生しない。
精々発生するとすれば、その磨り潰したモノを保存しておける箱や瓶だが……

「幸い水場もある事ですし、いくつかの治療薬の瓶はすでに使用して空になってますね」

全員が全員、自分の持っていた薬を保存してあった瓶を見て、空になった物を取り出していた。
今まで俺たちが考えていたモノより、ずっとシンプルで解りやすい解決策。
それをあっさりと引き出した真琴と北川を俺たちは驚いたような顔で呆然と見つめていた。

「……こういうのも、発想の転換って言うのかねぇ?」
「案ずるよりも産むが易しって事なのかしらね……」

ともあれ解決方法がわかったんだ、これはこれでよしとするしかないよな。
ちょっと、悔しいような気もしたけどな。















あとがき

予想外のところから案が出る、これってたまにありません?


初書き 2008/08/07
公 開 2008/09/10



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