全員が全員、自分の持っていた薬を保存してあった瓶を見て、空になった物を取り出していた。
今まで俺たちが考えていたモノより、ずっとシンプルで解りやすい解決策。
それをあっさりと引き出した真琴と北川を俺たちは驚いたような顔で呆然と見つめていた。

「……こういうのも、発想の転換って言うのかねぇ?」
「案ずるよりも産むが易しって事なのかしらね……」

ともあれ解決方法がわかったんだ、これはこれでよしとするしかないよな。
ちょっと、悔しいような気もしたけどな。









































「……場所はここでいいはず、なんだけどな?」

懸念されていた運搬の問題も、予想外の所から解決した訳で。
無事に周りの異形も殲滅し、一夜を超えた俺たちが目的地であろう場所についたんだが。

「見渡す限り、平野のようですね」

木々は多少生えているものの、鬱蒼と茂っている訳ではない。
天野が言うように、山を降りたら見かけるようなそこは、確かに平野だった。
ついでに言えば、確かにちょっと貴重な薬草やあまり見ない植物は生えているが……

「……ルナ・フォース、生えてねーじゃん」

そこには、ルナ・フォースが見当たらなかった。
……どうしろってんだ、これ?

「実は地図がちょっと間違ってて、途中で見落としたなんて面白い事ないよな?」
「いくら健二さんが愉快犯と言えど、こう言った依頼ではそんな事はしないでしょう」
「……だよなぁ?」

親父が愉快犯なのは言われなくても解ってるが、さすがにここまで見事になんも生えてないとは……

「相沢君、ちょっと地図を見せてもらってもいい?」
「ん? あぁ、ほい」

別に誰が見ても地図なんて変わりないからそのまま香里に預ける。
暫く地図や太陽の位置で場所を割り出しているようだが、恐らくここで間違いはないだろう。

「……確かに、地図じゃこの場所を示しているようだけど」
「でもでも、そのルナ・フォースって植物は生えてないんだよね?」

香里と一緒に地図を覗き込むようにして見ていた名雪から、疑問の声が上がった。
貴重なルナ・フォースと言えど、その形は知られていない訳じゃない。
当然俺や久瀬、それに秀才組に入る香里や佐祐理さん、天野がわからないはずがない。

「ん……? なぁ、美坂。その地図ちょっと借りていいか?」

地図を前にウンウン唸っていた香里を見て、何かを感じ取ったのか北川が声をかけた。
そして、地図を受け取ると、まるで犬のように匂いを嗅いでいた。
……やっぱり、狼じゃなくて犬か、コイツは。

「なんか相沢が妙な事考えている気がするが、その追求は後回しにしておいて……」
「ははは、嫌だなぁ北川。俺がそんな失礼な事を考えると思うか?」

内心、なんでバレたんだろうかと疑問に思いつつも、適当に誤魔化しておく。

「……嘘くせぇ。 まぁいいか、沢渡、お前も元妖狐ってんなら鼻は効くな?」
「あぅ? 一応人よりはちょっと良い程度よう?」

北川に声を掛けられた真琴が、小首を傾げながらも北川に近づく。
近づいてきた真琴に、北川は地図を裏返して真琴の顔の前に差し出した。

「十分だ、この地図の裏、なんか匂わねぇか?」

とりあえず、近づけられた地図の匂いを目を閉じて嗅いでいる真琴。
地図の匂いって……持ってた奴の体臭とか?
ってことは、俺の匂いか!?

「……蝋……っぽいけど、なんだろう?」
「やっぱり蝋か……ってことは、まさかこれ炙り出しか?」
「……は?」

どうやら、俺の匂いって訳じゃなかったらしい。
……ちょっと待て、今なんか普通じゃありえない言葉が聞こえたような気がするぞ。

「沢渡……じゃ、地図が焦げるか。美坂、悪いんだが地図が燃えない程度に炙ってみてもらえないか?」
「えぇ、いいわよ。それ貸して」

北川と真琴の鼻を信じているのか、美坂は迷う事無く火の魔法を使って地図を軽く炙った。
すると、出るわ出るわ。
白紙だった裏面に、恐らく親父が書いたであろう文章が浮かび上がってきた。

『拝啓、愚息へ

この文章を読んでる頃には、お前はルナ・フォースが生えていると地図で書いた地点まで辿り着いたことだろう。だが、俺はお前に【ワザと】大事な事を伝えなかった。
ルナ・フォースが生えるのは、月明かりが灯る夜のみだ。
だから昼間に来てもルナ・フォースなんざ影も形もない。
採取するツモリなら夜まで待つ事だ。

どうせお前のことだから、昼間に到着してるんだろうな、やーいやーい、ざまーみろ。
精々無様な顔をみんなに晒して笑われるがいい。
以上だ。

敬愛すべき父親より。』


……思わず、手に持った地図を破り捨てたくなった。
だが、瞬時に俺の気持ちを察した久瀬によって、地図は安全圏へと持っていかれたが……

「あ・ン・の・くそ親父―!! なんでこんな大事な事先にいわねーんだコラー!!」

やりきれない思いに殺気を込めて、大声で解き放っておいた。
その殺気の余波で、近づいて来ていた異形が回れ右をしたのはまぁちょっとしたお茶目だ。

「さすがは相沢さんのご両親ですね……」
「あ、あははー」
「……祐一、どんまい」

みんながみんな、哀れみや同情の篭った目で俺を見てくれていた。
ありがとうみんな、みんなのタメに俺は戻ったら親父を滅するよ……

「はぁ……とりあえず夜になるまではここで待機という事になるでしょうか」
「それしか方法がねぇだろうよ。ったく、子は親に似るってホントなんだなぁ」

久瀬と北川の、何故か連帯感の生まれているコンビにため息をつかれてしまった。
……クソ親父め、帰ったら覚えてろ。

「仕方ない、夜までただ無駄に時間を過ごすのは勿体ないし、簡単に実践付きの座学でもするか」

丁度良い事に薬草学とかに関しては、ここに生えている植物でも十分可能だしな。
講師になりそうな人間も揃っている事だし。

「佐祐理さんと香里、天野でここに生えてる薬草の説明、出来るな?」
「それは可能ですが、相沢さん達はどうするのですか?」
「僕と祐一は、貴女方の知識で間違っていない限りは指摘しません」

間違った説明や、知らない応用法があった時だけ口を出して、それ以外は自分たちで実践してもらう。
ただ教えるよりも、実体験を込めてやる方が身に付くしな。
さらに、佐祐理さん達は教えるという事で自分の知識の再確認もできるだろう。

「案外人に物を教えるっていうのは難しいもんだ、だからこそそれに慣れる為ってとこだな」
「なるほどー、そう言う事なら頑張って見ますねー」
「ま、学園の授業よりよっぽどいいかしらね」

ニコニコと笑って薬草を数種類摘む佐祐理さん。
仕方ないと言った雰囲気を見せながらも嫌そうではない香里。
恐らく真琴のタメなんだろうが、魔力が回復する効果のある薬草を摘んでいく天野。
三者三様の行動を見ながら、俺はこっそりと逃げ出そうとしていた存在の襟首を掴んだ。

「……で、お前らはどこに逃げるツモリだ?」
「えーっと、祐一……できれば見逃して欲しいんだよ〜……」
「えぅー……お姉ちゃんの授業は厳しいんです〜……」

名雪と栞という、香里の学業に対する真剣さを知っている二人が、逃げようとしていた。
まぁ、香里の性格から考えるに上手い事飴と鞭を使ってるんだろうなぁ……

「ダメだ、回復役に回る可能性が高いお前らは、しっかりと受けてもらうぞ」

だけど、俺もはいそうですかと逃がすはずがない。
そもそも、安全地帯が俺たちの近くだけだっていうのに、何処に逃げようとしたんだ?

「だぉ〜……」
「えぅ〜……」
「さぁ、名雪に栞、学園での遅れ、すぐに取り戻すわよ」

鬼教官(かおり)の下に、二人を放り投げて、俺は逃げようとしているもう一匹を捕獲しに動く事にした。

「……久瀬、遠慮しなくていいぞ、引きずってでも連れてきてくれ」

すでに、少し遠くへ移動している北川を目に留めて、久瀬は小さくため息を零した。
そして、北川が聞こえるか聞こえないかという小さな声で、囁いた。

「逃げても構いませんが、その後に今回の数百倍の課題を君に進呈しましょう」

何故か、ワイワイと騒がしいこの場に、久瀬の声は嫌になるくらい響いた。
その声が聞こえたのだろう、北川は今までの中で最速と言える速度で戻ってきた。

「な、なんの事だ。俺は逃げたんじゃなくてちょっと警戒に行こうとしただけだぜ!」
「あぁ、そうでしたか。てっきり僕は逃げようとしたのかと思いましたよ」

作り笑いを浮かべる北川に、久瀬が背筋が寒くなるような笑顔で返した。
冷や汗を流しながらも、北川は香里達の下に混じった。

「んじゃ、久瀬は佐祐理さん達の所頼むな」
「えぇ、祐一もあの三人は教え甲斐がありそうですね」
「……まったくだな」

懇切丁寧と書いてスパルタと読むような授業をやっている四人を見ながら、俺は苦笑するしかなかった。
ま、夜まで時間はたっぷりあるんだ、精々学んでもらうとしようか。

「真琴、この薬草とこの薬草が魔力回復には効果があります」
「あぅ……両方一緒に飲めばいいの?」
「いいえ、片方は磨り潰して飲んで構いませんが、もう一つは経皮吸収型……つまり皮膚に張るタイプです」

こっちの二人は、大丈夫そうだな。
そう結論付けて、俺は雑用を片付ける事にした。

「……其の剣尖は穿つ矢の如く、害意を持つ悪しき者を穿つ、『ダーク・ブリンガー』」

空に向かって魔法を放つ。
その黒い剣の群れは、上空に集まってきていた鳥型の異形たちを一匹残らず貫き、灰へと還した。










「さて、授業はひとまず終わりにして、休憩にするぞー」

どのくらい授業をしていたか、実際には休憩を混ぜながらやっていたようだが、日も暮れ始めたのを確認した俺は、夜に備える為に授業の終了を言い渡した。
ようやく開放された為か、心なしか名雪や栞、北川がやつれて見える。

「知識はあって無駄になる事はないからな、しっかりと覚えとけよ?」

よっぽど満足の行く授業が出来たのか、一部を除くみんなが満ち足りた顔をしていた。
特に香里なんかは肌のツヤが増しているような幻覚さえ見える。

「有意義な時間だったわ、名雪や栞も大分覚えたみたいだし」
「そこに北川の名前が出てこないってのがオツだよなぁ……」

実際、北川が一番集中砲火を浴びていたように見えたのは、きっと気のせいだ。
まぁ、回復力が並より高いから薬草とかに疎そうだもんな。

「それじゃ、夜になるまで各自休憩、つってもあんまり遠くまで行かないようにな」

後は、ルナ・フォースを採取して、街に戻れば依頼は完了だな。















あとがき

親父を出したのに、特に意味なんてない。


初書き 2008/10/07
公 開 2008/10/10



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