「有意義な時間だったわ、名雪や栞も大分覚えたみたいだし」
「そこに北川の名前が出てこないってのがオツだよなぁ……」

実際、北川が一番集中砲火を浴びていたように見えたのは、きっと気のせいだ。
まぁ、回復力が並より高いから薬草とかに疎そうだもんな。

「それじゃ、夜になるまで各自休憩、つってもあんまり遠くまで行かないようにな」

後は、ルナ・フォースを採取して、街に戻れば依頼は完了だな。









































目的地まで到達してしまえばあっけない物だと、つくづく思う。
警戒は解かずにその場所で野営を行ない、夜になったと思えば、幻想的な光景が広がった。

「……これは、すごいな」

月明かりが大地へと優しく降り注いだとき、地面から凄まじい数のルナ・フォースが生えてきた。
その花弁は、月の光のせいか明るく燐光を放っているようにも見えた。

「兄さん、ぼーっと見とれたい気持もわかるけど、採取するだけしちゃおうよ」
「あ、あぁ……そうだな。もし月が隠れちまったら採取できるかわからないしな……」

あの親父のことだ、そのくらいの情報は持っててワザと隠していやがるかもしれない。
そう考えた俺たちは、真琴や北川の案を採用し、ルナ・フォースを各々が磨り潰し、それを絞り瓶へと収めていった。

「キュー」
「あ、ダメだよライト。摘み終わったら遊んでもいいけど、まだ摘んでる途中なんだから」

千尋の首に巻きついていたライトが、何を思ったかルナ・フォースを齧っていた。
……そのまま食えなくはないだろうが、別に美味いもんじゃないだろう?

「キュッキュッ!」
「あぁ、だからダメだってば!」

千尋が一生懸命ライトを捕まえようとしているが、どうやらライトは遊んでもらっていると勘違いしているようだ。
ひらりひらりと千尋の手を掻い潜り、飛び回っている。

「おーいちびっ子、もうちょっと待ったらあいつらが遊んでくれるから大人しくしとけー」

北川や名雪、栞などを指差してライトに向かって言ってやる。
さすがに幻想種というか、人語を理解しているんだろう。
俺の言葉を聞いて、ライトは千尋の首に大人しく巻きついた。

「っていうか、相沢。俺たちがあいつと遊ぶのは確定事項なのか?」
「まー、あのサイズなら竜の吐息(ドラゴン・ブレス)でもそんなに威力はねーから、存分に遊んでやれ」

そもそも、今のお前らの能力なら生まれたての竜にそう簡単には負けないだろうけどな。
でも、これを言うと北川あたりが増長しそうだから教えてやらん。

「さてと、全員空いた瓶にルナ・フォースを絞って入れ終わったかー?」

自分の手持ちだった五つの瓶に全てルナ・フォースの液体を詰めた後、周りに確認の声を上げてみる。
すると、他の奴らはそこまで瓶が空いてなかったのか、もう終わっているという返事が返ってきた。

「うし、したら今日はここで一泊して、日が昇ったら移動開始して明日中に下山するぞ」
「あ、明日中にですか?」

一部を除いて、俺の台詞を聞いて驚いたような表情をした。
みんなの声を代弁するかのように声を上げた天野に対して、俺は素直な疑問を投げかけてみる。

「ん、なんだ天野。俺、なんか変なこと言ったか?」
「いえ……ここまで来るのに依頼期間の半数を使ったのに、一日で下山が可能なのでしょうか?」

あぁ、なるほど……そういうことか。
往路と復路、基本的にはそれぞれ同じくらいの時間がかかる物と考えるのが普通だろう。
だが、今回の俺たちに関しては、それをわざわざ当てはめる必要性はない。

「帰りに関しては、特に物を教えながら戻るつもりもないからな。そんなに時間はかからないだろうさ」

少なからず、戦闘方法、薬草学、サバイバル技術を教えながら進んで来た俺たちは、普通よりは長い時間をかけている事になる。
当然といえば当然なんだが、親父がわざわざ期限を長めに設定した依頼だ。
それを存分に利用するのは当たり前だろう。

「加えて言うとするのなら、一輪だけとは言え、ルナ・フォースを凍らせて運ぶのですから、復路は早い方がいいのですよ」
「そう言うことですか……ですが、私たちがその速度についていけるでしょうか?」

いくらこの三週間を鍛えたからと言って、いきなり身体能力が大幅に上がるわけじゃない。
まぁ、北川みたいに力を隠していたりする例外ってのもあるが……

「それに関しては、まぁ最悪の場合俺や久瀬、あとは北川が担いでくから心配するな」

本当に限界が来た奴は、俺たちが背負っていけば問題ないだろう。
北川が完全な人狼状態になれば、四足歩行だって可能だろうしな。

「まぁ、下山も基本的には自分の力である程度はこなして貰うんだが、魔法とか使える奴は使ってもいいぞ?」

さすがに空を飛ぶようなのは狙ってくださいって言ってるようなもんだから止めるけどな。
上空で襲された場合、さすがに対処するのに少しばかり時間がかかる。

「ま、明日にはある程度全員回復してるだろうし、多少は強行軍になるんだ。今のうちに休めるだけ身体を休めとくのもやるべき事の一つだぞ」

ひとまずそう締め括り、俺は大きさの違う絶界を二つ作り出すと、でかい方を女性陣を使うように言った。
適応力が高いというか、なんというか。
もう誰もわざわざ絶界を開けなくても気軽に入ってくるようになっていた。

「警戒は男連中がやるから、しっかり休めよ」

男連中と言っても、俺や久瀬じゃなく『北川が』だったりするんだけどな。
ま、それも修行と思って北川には諦めてもらうとしますかね。









翌日、予想外の事が起きた。
あまりの事実に、俺はついつい意識を手放したか、はたまた幻覚系の攻撃を食らったかと思ってしまった程だ。

「祐一、なんか失礼な事考えてる気がするんだよー」
「はっはっは、何の事だ。名雪が起きてるなんて天変地異の前触れかなんて思ってないぞ」

そう、交代で警戒に当たっていたために気付かなかったんだが、名雪が誰に起こされるでもなく起きていたのだ。
その事実に俺も真琴も、果ては香里までもが驚いた表情をしていたのは、想像していただけるだろう。

「うー、やっぱり失礼なこと考えてるよー」

と、まぁ名雪をからかっている間に、他の連中も出発準備が大体整ったらしい。
そして、さぁいざ出発という時になって、名雪と栞がアイコンタクトを交わしていた。

「栞ちゃん」
「えぇ、解ってます、名雪さん。今こそ私たちのあの魔法の出番という訳ですね!」

そして意思疎通が完了したのか、二人は両手を合わせると魔法を詠唱し始めた。

「……癒しを司る水の力よ」
「……万物を運ぶ風の力よ」

初めて聞く詠唱だな……
そもそも、名雪と栞は二人で詠唱する魔法なんて持っていたのか?

「……望みし者に、水の祝福を」
「……願いし者に、風の祝福を」
『我らの思い、顕現せよ!『クイック・モーション』

二人の魔法が完成すると同時に、身体が軽くなったように感じた。
……なるほど、支援系魔法を独自に作り出したのか。

「やるじゃないか、名雪、栞。これはさすがに俺も予想してなかったぞ」
「えへへ〜、やっぱり私には支援とかの方が向いてるのかなって思ったんだよ」
「この魔法の根源には祐一さんの言っていた事が関係しているんですよ」

どうやら、過去に俺がオリジナルを作り出す時のコツみたいなのが、発想の転換だと言った記憶がある。
それを覚えていた二人が、できるのではないかと試してみて生まれたのがこの魔法らしい。

「これなら、ペースが多少上がっても問題なさそうだな……それじゃ、行くか!」

俺の掛け声の下、俺たちは異形山からの脱出を始めた。
あえて言うのなら、俺の予想よりもかなり速いペースで移動が出来たとだけ言っておく。

「さて、麓まで戻ってきたはいいんだが……」

結局の所、往路に十数日掛かった道が復路では10時間に満たない間に麓に辿り着いていた。
いやぁ、さすがにこれは予想を上回りすぎてるだろう。
それだけ、二人の合成魔法の効力が高かったという事になるんだがな。

「帰りも、あいつを呼び出さないと行けないんだよなぁ……めんどくさい」
「兄さんも、そう思うんだったらバハムート以外の飛竜系異形でも契約すればいいじゃない」

いやでも、なんつーかあそこまで強力なのと契約しちゃうと、あんまり意味がないんじゃないかなぁとか思ったりする訳で。

「そういや、久瀬はなんかそういうのと契約してないのか?」
「残念な事に、僕はそういった契約の類はほとんどしていないのでね、期待には答えられない」
「……結局、現状ではあいつしか手段がないか」

今度、少人数でも乗れるサイズの飛龍系異形、探してみようかなぁ……

「ライト……俺はお前の成長に期待しているからな」
「キュ?」
「そんなにでかくなっちゃったら世話する私が大変だってば!」

せめてもの悪あがきで、ライトに期待を投げかけてみたら妹によって一蹴されてしまった。
むぅ……拡縮自在なライトってもの、考えたら面白いと思うんだが……

「ま、グダグダ言ってるより、さっさと帰って暖かい飯、風呂、布団だな!」

さすがの俺も、一人じゃないこういうサバイバルは精神的疲労が溜まる。
それを発散するために効率がいいと言ったら、やっぱり秋子さん特製の飯とかだろう!

「ってことで、出て来いや、クソ鳥!!」

めんどくさいので、戦いの概要は省かせてもらう。
当然ながら、俺が勝ったんだけどな。

「おぉ〜、久々の街だ!人気があるぞっ!」

バハムートの背に乗って、そんなに時間が経たずに俺たちは故郷である街に戻ってこれた。
さすがにあいつは移動速度で言うなら早いなぁ。

「そりゃあそうでしょ……これで街に人気がなかったらただのゴーストタウンじゃない」

ごもっとも、だけど俺としてはもう少し面白みがある突込みが欲しかったよ。
とりあえず、香里と漫才を続けてもいいんだが……

「北川、街に入る前には一応人間形態に戻っておいた方がいいんじゃないのか?」
「……あ、忘れてた」

だろうと思ったから声をかけたんだけどな。
北川は、半人狼形態のまま、なんの気兼ねもなく街に戻る気満々だったのだ。
そりゃ自分の力を受け入れてくれる人がいて、さらに隠す必要もなくなったから浮かれるのはわからないでもないが……

「戻しちゃったのね……」

人間形態に戻った時、妙に香里がもったいなさそうな目で北川を見ていたのは、気にしない事にしておこう。

「何はともあれ、あとは依頼品をクソ親父に渡せば、この依頼は終わりだな」

そうとわかればさっさと終わらすとしますか。
みんなも、ちゃんと依頼が完了するまでは街に戻って即時解散っていう事はしていない。
それだけこれから依頼を受ける立場になるかもしれない心構えが出来たって事だろう。

「んじゃ、懐かしき我が家へと行きますか」

疲れた顔はしているものの、どこか満ち足りた雰囲気を出しているみんなを引き連れて、俺は相沢家へと向かい歩き出した。
三週間か……長いようで、案外短く感じたもんだ。















あとがき

長くなりすぎてたので、帰宅は結構時間飛ばし。


初書き 2008/10/15
公 開 2008/10/21



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