わざわざ詠唱する必要なんてのは無いが、あえて防御魔法を展開する時間をくれてやった。
慌てて魔法を展開したが、俺の放った魔法は紙を突き破るかのような容易さで直撃した。
全身に雷が走ったんだ、暫くは痺れて動けないだろうさ。

「今の攻撃が、学園の総意と取るぞ」

最後に宣戦布告して、俺と真琴はゆっくりと校舎に向かって歩き出した。
さぁて、いっちょ大暴れしてやりますかぁ!









































俺と真琴が正面から遠慮なしに魔法をぶっ放しながら突き進んでいるか。
簡単な事で、北川が持ってきた情報が功を奏したともいえる。

「と、止まれ!」
「うるさーい! 邪魔するんじゃないわよぅ!」

久瀬と生徒会役員が捕らわれているというのは、どうやら学園の奥の方だと言うことだ。
つまり、その対極の位置にいる俺たちが暴れても、奥には被害が届かない程度に出来る。
陽動として俺と真琴が正面で暴れているウチに、別働隊である舞や北川を主軸に置いた高機動隊と、それをサポートする支援部隊の2つが強襲と救出にあたるわけだ。

「……と、まぁそれはいいんだが」

陽動部隊である俺と真琴に求められるのは、派手で目を引く行動ではあるんだが……

「いっくわよーぅ! 蒼狐炎・陽炎!」
「俺のより、真琴の魔法の方が目立つなぁ……」

俺自身、威力は無いけど派手な魔法はあるといえばあるんだが……
真琴のようにボンボン1小節だけで放てるのは少ない。
それに加えて、なんというか真琴のは火力が違うというか……
純粋な炎の方が色が綺麗と聞いたことがあるような気もするが、まさにその通り。

「上に打ち上げたらある意味花火みたいに見えそうだ」

普段見る事がない純度の高い炎は、人の目を惹き付ける魅力があると実感した。
俺たちを止めに出てくる連中はおろか、野次馬として集まっている学生も真琴の魔法に感嘆の声を上げているくらいだから。

「まぁ、ボーっとしてるつーのも仕事してないみたいで嫌だから、やるか……」
「まだまだー! 蒼狐炎・焔!!」

なんかハイになってる真琴の魔法に吹っ飛ばされて宙を舞う教員を視界に入れながらも、俺は俺で魔法を繰り出しながらゆっくりと進軍していく事にした。
……なんていうか、真琴が強くなって俺の活躍の場が減ってる?

































さっきから、学園の正面の方で派手な爆発音や、見覚えのある火柱が上がっている。
順調に相沢や沢渡が暴れてくれてるって事なんだろうけど……

「やりすぎだろう……修繕とかどうするつもりなんだ、あいつら?」
「祐一の事だから、何も考えてない」

俺と川澄先輩、そして水瀬が高機動可能と言う事で、強襲班に選ばれた。
他のメンバーは、俺たちから少し遅れて生徒会室へと突入し、救出後は殿を俺たちが受け持つ。
相沢が言うには、今の俺たちの実力ならば学園にいる奴らは敵じゃないらしいんだが……

「油断は禁物」
「そうだよー、祐一も不確定要素は常に考えて置くようにいってたもんね」

そう、嫌になりそうな実力者である久瀬が捕らえられたという事実。
それが妙に引っかかりを覚えたのもまた事実だ。
久瀬なら、人質になった奴らを怪我させることなく救出するくらいは訳が無いと思う。

「異形……それも下手したら上位種の可能性か……」

推測の域は出ないが、頭の悪い俺なりに考え付いた要素が何個かあった。
1つは、久瀬の属性である『闇』属性を封じる手段。
だけど、魔力を封じられた程度で、久瀬の力が弱まるかと言われれば……なさそうだ。

「水瀬、生徒会室まであとどのくらいだ?」
「もうすぐだよ〜、そこを曲がって正面の扉がそう」

もう1つは、久瀬を捕まえた人間の1人が上位種異形と契約したか、操られているかのパターン。
この場合、その異形の真意がどこかにあるはずだ。
久瀬に恨みを持つ異形がいるのかなんてのは知らないが……異形と追う追われるの関係である人間を1人、俺たちは知っている。

「あれか……突入したら、先輩は久瀬と人質の救助、俺と水瀬が実行犯連中の無力化だ」

そう、俺らの仲間であり力をつけてくれた存在である相沢だ。
相沢が追っているという異形、グランテューダ。
上位種異形の中でも、10位以内に名を連ねる狡猾な異形。
そんなのがこの事件の裏にいたとしたら、俺たちでどの程度対処ができるんだろうか?

「はちみつくまさん」
「了解だよ〜」

……考えるのは、俺の性にあわねぇな。
俺の今の仕事は与えられた事を確実に実行するだけ。
もし、そんなバケモノと遭遇したって、どうにかなるだろうさ。

「行くぜ! 先輩、水瀬!」

完全な無力化は必要ない。
久瀬たちを救出するだけの時間が稼げればそれでいい。
そして、俺たちは篭城しているはずの生徒会室へと突入した。

「……なっ!」

突入した俺たちの目の前で行われていたのは、想像もしていなかった事態だった。
血まみれで縛られ、地に伏したまま動かない久瀬や男の生徒会役員。
身体の至る所に痣を残しながら、何故か服を一切つけていない女の生徒会役員。
そんな狂乱の場にいながら、嫌悪を抱く笑みを愉快そうに浮かべる奴ら。

「……北……川君か?」

今までの久瀬からは考えられないような力が感じられない声が聞こえてきた。
俺たちの突入で気が付いたのか、久瀬は俺たちの方へ視線を向けようとして……
その頭を、笑っていた奴らの1人が踏みつけた。

「おやおや、悪の生徒会長へ援軍にでも来たのか? それとも、我らの仲間にでもなりたいのか?」

芝居がかった口調で、久瀬を踏んだ奴が問いかけてくる。

「誰かと思えば、学校で有名な美人の川澄と水瀬じゃねぇか」
「なんだなんだ、お前らも楽しみたいのかぁ?」

追従するかのように、他の連中も声をかけて来たが……
俺の耳には一切届いてすらいなかった。

「…………」

こいつらは、何をしてやがる?
悪の生徒会長だ?
なら手前らがやってる事はなんだ、それは正義の行いだとでも言うつもりか?

「依頼だか何だか知らないが、学生の分際で教員の俺を差し置いて仕事を請けるなんざ100年早いんだ、身の程を知れと言う事だ」

教員だ……?
それがどうした、お前らの授業より相沢や久瀬の授業の方がよっぽど身になるし面白かった。
ただ、教材をつらつらと読み進めるだけのお前らに、そんな授業が出来たか?

「まぁ、そのお陰でこうしてかねてから考えていた計画が実行に移せた訳だ。依頼主には感謝しなくてはな」
「そうそう、こんなおいしい機会、センセといなかったらなかったしな!」
「違いない!」

教員と名乗った奴の言葉に乗って、卑下た笑いを浮かべる生徒らしき奴ら。
俺の奥で……何かが切れる音がした。

「川澄先輩、水瀬……相沢に言われた事……覚えてるよな」
「……うん」
「……はちみつくまさん」

それは、俺たち高機動班が動く時に相沢が言った言葉。






――――ろくな考えを持ってないバカが実行犯なら、思う存分やれ。






――――もし一生モンの怪我をさせた時の責任? そんなもん、俺たち相沢家が受け持ってやるよ。






バカには手加減するな。
あの時は苦笑を返したが、まさか逆にあの言葉に感謝する事になるとはな……

「一切の慈悲も無く」

川澄先輩の、背筋が冷たくなるような声が俺の耳にしっかりと届いた。

「誰の仲間に手を出したのか」

それに追従する水瀬の声もまた、聞いたことがないくらいに冷たく。
俺から出た声も、絶対零度を持って紡がれた。

「生まれてきた事を後悔しろ、下種が」

































生徒会室というある種限られた空間。
そこまで広くない空間は、人を見失うはずが無いという錯覚を人に抱かせる。
だが、久瀬たちを捕らえ、好き勝手にしていた連中は文字通り侵入者3名を見失った。

「なにっ!?」

そう、入り口に亡羊と佇んでいたはずの舞、北川、名雪の3人が、一瞬で姿を消した。
……いや、人が消えるという事はありえるはずが無い。
3人は、人が認識できる限界の速さ以上で動き出したに過ぎない。

「ぐぁっ!!」

そして、教員という職についている人間の周りにいたはずの配下と呼べる存在が1瞬で2名消えた。
僅かな悲鳴と、それ以上のガラスが割れる音を残して。

「な……何が起きている?!」

悲鳴は絶える事が無く、その教員の配下の数だけ響き渡っていた。
それに比例して、自分の周りを固めていたはずの人間が1人、また1人と消えていく。
せめて身の安全をという無意識が働いたのだろうか、足蹴にしていた久瀬を持ち上げ、いつでもトドメをさせる状態にしながら、じりじりと後退して行く。

「ごめんね……もう大丈夫だよ」

広くないはずの生徒会室の端、壁があるところにようやく辿り着いたという心境の教員の耳に、先ほど聞いた覚えのある声が聞こえた。
その方向に教員が目を向ければ、捕らえていたはずの生徒会役員が解放され、そこにはいた。
教員の手で辱めたはずの女生徒は、北川の上着を羽織り、名雪によって慰められている。

「っ! ほ、他の2人はどこだ!!」

教員は、気付いた瞬間に叫び声を上げていた。
教室へと侵入してきたのは3人。
だが、目に映る侵入者は1人だけ、ならば他の2人はどこにいったのか?
教員の叫びの答えとして返って来たのは、名雪の冷たい視線だけだった。

「くっ! 貴様!」

その視線が癇に障ったのか、名雪へと向かって魔法を放とうとする教員。
その手が、名雪へと向けられた瞬間……肘から先が消えた。

「……ぇ?」

あるはずの物が消えたせいで、教員の思考が一時的に止まった。
その刹那、抱えていたはずの久瀬すらも消え、教員は地面へと倒れ込んでいた。

「分解、再構築、練成」

倒れた事を理解した時、すでに教員の身体は何故か地面へと埋め込まれ、動きを封じられていた。
今まで姿の見えなかった舞が久瀬を抱え、北川は両手を地面へとつけていた。

「……くそが、地獄に落ちて反省しろ」

ゆっくりと顔を上げた北川の瞳は、猫科の猛獣を思わせるように縦に裂けていた。
3対の冷たい視線と、消えた肘の先から力が抜けていくような無気力感と共に、教員の意識は闇へと落ちた。

「救出、完了」

あの時、3人がやった事は怒りに後押しされているとは言え、行動自体は冷静だった。

「佐祐理たちが来たら、みんなをつれて一度祐一の家に行く」
「あぁ、この学園の腐った膿を洗い流すのは……その後だな」

舞と北川が実行犯たちと各々の方法で無力化。
そして、その場にいるのも許せなかったのかここが何階であるかなどお構いなしに外へと叩き出す。

「さすがの私も、これは許せないよ」

その間に名雪が女生徒、傷の深刻な生徒という順番に助け出し、安全な場所へと移送。
何も身につけていなかった女生徒に対しては、北川が瞬時に来ていた上着を名雪へと放り身体を隠せるようにもしていた。

「相沢じゃねぇが……確かに必要だよ、学園の意識改革は」

結果だけ見れば、12分の成果を上げている。
だが、3人の中に残ったのはやるせない思いと共に許す事のできない怒りだった。
恐らく、後から来るメンバーもまた、同じ思いを抱く事だろう。
それが学園にとってどういう結果になるのか……
これは、何を見るよりも明らかだろう。















あとがき

学園壊滅フラグ。


初書き 2008/12/02
公 開 2009/01/16



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