周りが見渡せるような、山の上。
そこにあった切り株に腰を下ろして、地図を広げながら俺は唸っていた。


「……さて、次はどっちに行って見るか」


特に目的なんてものも、行きたい場所なんていうのもない。
ただ、ひとつの場所に留まるだけじゃなく、世界を回ってみたいと純粋に思った。
そして、俺は全てが終わった後、旅に出た。


「んーっと、あっちに街っぽい気配があるわよぅ?」
「そうか……保存食もそろそろ切れるし、街で補充でもするか」


大切にしたいと思っている存在と一緒に。

























紅眼の魔剣士

異聞<放浪>


























「街に行くのなら久々に布団で寝れるの?」


もう2週間ほど街に寄る機会が無かったからこそ、真琴には辛い思いをさせてしまった。
それも含めて、今回立ち寄る街では、少しだけ長く逗留しようかと考えていた。


「あぁ……そうだな、さすがに寝袋でばっかりも辛いしな」
「やったぁ!早くいこ、祐一!」


金銭にこだわるつもりもないが、そこまで裕福って訳でもない。
だからこそ、ギルドに立ち寄ってついでに幾つかの仕事を請け負う必要もあるだろう。
野宿でも平気だが、たまに補給で立ち寄る街なんかで食料を買う程度はないとな。


「……とりあえず、あそこでまたアホがいなけりゃいいんだがなぁ」


今まではスノウ・シティーで活動していたから知らなかったんだが……
どうやら俺の通り名を語って好き勝手やっているアホが多数いるらしい。


「それは無理じゃない?『紅眼の魔剣士』なんて今一番有名なんだから」


俺とルシファーの標的であったグランテューダ。
そいつを倒した後、ただでさえ噂が一人歩きしていた通り名が、輪をかけて広がったらしい。
行く先々の街で、名前を語った奴に会ってきた。


「何より大変なのは、お前が暴れた後なんだけどなぁ……」


俺の通り名を偽者が語る事、それを真琴は心底嫌がる。
その度に暴れ出して、最終的にはそいつを滅そうとするからなおさら性質が悪い。
俺ですら危機感を感じる真琴の炎を、一般人が食らって平気なはずがないんだから。


「あぅ……」
「まぁ、俺のためにやってくれてるってのは嬉しいんだがな」


凹んでしまった真琴の頭に手を当てて、髪を撫でてやる。
目を細めて気持ちよさそうにしながらも、真琴はそれを受け入れていた。
俺もそうする事が嫌いじゃないから、そのまま撫で続けていた訳なんだが……


「……で、なんというか……こういう時になるとお約束ってあるんだよなぁ」


どうせなら、真琴の綺麗な銀髪を撫でていたい所ではあるんだが。
街からあぶれた無法者っていうのはどこにでもいるわけで……


「よう、兄ちゃん。俺たちも混ぜてくれや」


しみじみと呟きながら視線を向けた先には、6人くらいの盗賊っぽいのがいた。
……はぁ、『また』か。
俺と真琴が旅に出て、こういったケースに遭遇しているのは3桁を軽く超えている気がする。
そして今回、極めつけと言っていいくらい、わかりやすい奴がいた。


「俺たちの仲間にゃあの『紅眼の魔剣士』がいるんだ、大人しくしてるんだな」


そう言って男たちに遅れるように、ご丁寧にも染めたのか銀髪の大男が出てきた。
目は閉じているか分からないが……恐らく紅眼なんて特殊な状態には出来てないだろう。
同時に聞こえる、何か細いものが切れるような音が1回。


「今度秋子さんや将和さんに言って、通り名もギルドカードに書いてもらうか……」


危機感といったものが一切無く、真琴の頭を撫でながらも呆然と呟く俺。
そうだよなぁ……ギルドカードに通り名記述しとけば、名前を語るとか早々無くなるんじゃないか?
まぁ、通り名持ってない一般の冒険者からしたら、無駄な空白が出来るのが嫌かもしれないが……
そこはほら、通り名つけて貰えるくらい頑張ろうってのもいるかもしれないし?


「おいこら、シカトしてんじゃねぇよ、死にてぇのか!?」


銀髪の大男が、気の短さを発揮して、そう怒鳴ってきた。
開かれた目は、一般人によくある黒目……
どうやら、目を赤くする方法は思いつかなかったか、知らないんだろうな。
男の怒声を受け流しながら、どうやって秋子さんたちに連絡を取ろうかと考えつつ……
俺は、2回目の何かが切れる音を聞いた。


「シカトとはいい度胸じゃねぇか……俺様の『闇』魔法、見せてやろうじゃねぇか!!」


どうやら、この偽者はご丁寧にも危険を犯して異形と契約して『闇』属性にして来たらしい。
目の前で紡がれている詠唱を見聞きしながら、俺は3度目の何かが切れる音を聞いた。


「我が力、ここに解き放つ。喰らいな!ダーク・ブリ……」


残念ながら、大男の詠唱が聞き取れたのは、ここまでだった。


「……蒼狐炎・暁(そうこえん・あかつき)


今まで頭を撫でていたはずの真琴が、いつの間にか男たちの前に立つと、人差し指を立てて、無常にも1小節で魔法を放った。
……だから、その火力だったら消し炭すら残らねぇって。


「……水の力よ、我が声を聞き応えよ。水牢・水月(すいろう・みづき)


真琴の炎が盗賊たちを包む前に、その魔法を俺の魔法が封じる。
大量の水蒸気が発生して、俺たちの姿を隠していく。


「……よっと」


その間に、俺は盗賊たちの背後に移動し、首筋を打つ事で気絶させた。


「邪魔しないでよ、祐一」
「アホ言うな、わざわざこんなのに『暁』なんか使ってるんじゃない」


気絶させた連中と、とりあえず木の上に放り投げながら文句を言ってきた真琴に返す。
詳しく温度を測った事は無いが、前に試しで木に当てた時、消し炭すら残らなかった。
人が喰らって恐らく同じだろうなぁ。
一体何度くらいあるのやら……?


「さて、と……目を覚ますと面倒だし、ちゃっちゃと街に移動するかー」
「むぅ〜……」


どうやら、しっかりと制裁を加えないと真琴は納得できないらしい。
……まったく、俺の事のはずなのになんで俺よりこいつの方が怒りが強いかねぇ?


「わかったわかった……」


真琴の頭をぽんぽんと叩いた後、俺は飛び上がって空絶を抜刀した。
そして、地面に降りると同時に、盗賊たちの着ていた服は、一部を残して布くずと化した。


「こんなもんで十分だろ、山の木に集う変態たちの集会……ってな」
「むぅ……祐一が言うならそれで許してあげるわ」


トドメと言わんばかりに、空中に向かって花火のような魔法を放ってから俺たちは移動を開始した。
これで、この付近にいる冒険者が発見して、こいつらの事をなんとかしてくれるだろう。
俺がそこまで面倒を見てやる道理は無い、そもそもめんどくせぇ。


「とりあえず着いたら飯だなー」
「あぅー、肉まんあるかなぁ?」
「どうだろうなぁ?」


他愛も無い話をしながら、俺と真琴はのんびりと歩き、街への入り口まで辿り着いた。
何故か、他の街より門番の人数が多いように見えるんだが……


「すんません、中に入りたいんで許可証申請したいんだけど?」


忙しそうに見えるところに声をかけるのは悪いが、このまま突っ立っているわけにもいかない。
そう思って声をかけると、俺たちに気づいたのか、偉そうなおっさんが近寄ってきた。


「あんだぁ……ガキがこの街になんのようだ?」


……面倒ごとっていうのは芋づる式に続いてくるらしい。
目の前に立つおっさんを前にして、俺はため息が出てくる事が止められなかった。


「……話にならねぇな、おっさんじゃなくてもうちょい頭の柔らかい奴連れてこいや」


どうやら、俺自身ようやく休めると思っていた所でこの態度は納得しかねたらしい。
とりあえず穏便に済ませようと思う頭とは裏腹に、言葉はものの見事に本心を代弁した。
唐突に出てきた罵声に、おっさんは目を白黒させて俺の事を見ている。


「人語がわからねぇのか? おっさん頭は大丈夫か? 中に医局があるなら早々にいって来い」


立て続けに言ってやると、もはや我慢の限界が来たのか抜刀し斬りかかって来るおっさん。
恐らくそれなりの実力者なんだろうが、舞や久瀬の抜刀に比べるとハエが止まりそうなくらい遅かった。


「……はぁ」


ため息をつきつつも、身体を半身にする事で避けながら、その刀の通過点に空絶の刃を待機させてやる。
腐っても妖刀の空絶だ、そこら辺のなまくらな剣なんかすれ違うだけで両断できる。


「……それで、次は?」


武器が無くなって、いよいよ気が触れたのか。
おっさんは詰め所の中の人間を呼び寄せると、俺たちを囲み出した。


「……はぁ、祐一が面倒ごとを引っ張ってきたじゃないの」
「まぁ、そう言うこともあるって事だな」


切っ先が目の前にあるにも関わらず、気だるげな態度を崩さない俺たち。
どうしたもんかと考えていると、門番の1人が何かに気づいたかのように剣を納めて敬礼してきた。


「し、失礼しました!!」
「ん?」


周りの門番もあっけに取られる中、剣をしまった門番は近づいてくると、再び敬礼して言った。


「失礼ですが、ギルドカードの提示をお願いします」
「あー、はいよ」


上着のポケットから、秋子さんに発行してもらったギルドカードを取り出して渡してやる。
それを何かの機械で照合した後、その門番は全員に敬礼するように大声を上げた。
っていうか、門番の兄ちゃん……あんたはそんなに偉いのか?


「……祐一、どういうこと?」
「……俺にもさっぱりだ」


むしろ俺が説明して欲しいくらいだからなぁ。
未だ剣を納めようとしない大男以外がギルドカードを見た後、次々と敬礼してきた。


「スノウ・シティー国王、倉田将和様より諸国に通達が入っておりました」


……どうやら将和さん……いや、この場合は恐らく佐祐理さんたちか……が、何か手回しでもしていたらしい。
内容を軽く聞いてみれば、どうやら俺たちは今やほとんどの国がスルーパス状態になっているようだ。


「……でも、納得してない人がいるわよ?」


真琴が指差した先には、怒り心頭と言ったのを身体で表している大男のおっさんだった。
あー、そういえばわざととは言え、一応剣を斬っちまったからなぁ。


「この者の処分は追って通達されるかと思いますので、まずは国王様の所へ行っていただけますでしょうか?」
「……それも、通達の内容?」
「は、その通りであります」


どうやら、スルーパスの代わりに国の一番偉い人と面会しなきゃならんようだ。
……やれやれ、面会を怠れば将和さんたちに迷惑がかかりそうだしなぁ。


「それじゃ……行くか」
「はーい」


開かれた扉を、重い足取りで通る。
あぁ、できるならめんどくさい事にならないで、さっさと宿屋でも探せればいいんだけどなぁ。
王城でおいしいご飯が無いかと期待しているであろう真琴を見ながら、俺は静かにため息を吐いた。


「祐一、あれ!おいしそう!」
「お、ホントだな……」


まぁ、俺のそんな殊勝な態度も数秒と持たないわけなんだけどな。
あっさりと思考を切り替え、俺は真琴と食い物を見て歩きながら王城へとのんびり向かった。


「……ついに、ここまで謎ジャムが進出してきたか」


店先に売られている、謎ジャムは見なかった事にしよう。
っていうか秋子さん、わざわざ国外で販売させないでください。


「おっちゃん、その肉まん2つ」
「はいよ!」


余談だが、その国の国王に妙に手厚い歓迎を受けたのはなんだったんだろうな?
しきりに『アレ』だけは勘弁して欲しいと伝えてくれと言われたが……
まぁ、俺にはわからないからどうでもいいや。


「美味いな、これ」
「うん、これも美味しいわよぅ」


とりあえず、目の前に出された料理に集中している俺と真琴だった。






















――――国王が言っていた『アレ』の正体が、謎ジャムだと知ったのは暫く経ってからの事。
















あとがきっぽぃもの


暇だったので書き出してみた外伝シリーズだと思ってくれれば(ぁ


初書き 2008/02/18
公 開 2009/01/16



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