「こう、手合わせすんのはいつ振りだろうな?」
「さぁ……ですが、前と同じとなるとは思わない事です」

学園の校庭、その中央で俺と久瀬はお互いの刃引きしてある獲物を持って向かい合っていた。
久瀬の手には鞘に収められた双剣の柄が、俺の手にも鞘に納まった刀が。
軽口こそ叩き合っているが、お互いがお互いの隙を見出そうと全神経を集中し研ぎ澄まされていくのが解る。
決して模造とは言え、俺たちの実力ならば実剣とさして変わらない。

「……隙を見せたらぶった斬ってやる」
「それは、こちらの台詞ですよ。手加減する余裕など無いと思いなさい」

今はまだ、俺も久瀬も動く様子は見受けられない。

























紅眼の魔剣士

異聞<力量>


























俺達がどうしてこういう状態になっているかというと、余計な事を行った北川が悪い。
何気ない日常をのんびりと過ごし、特にこれといってやる事が在るわけじゃなかった生活。
そんなのんびりとした時間をすごすのも悪くないかと思いながらも、ボーっと空を見上げていた俺達に、何を思ってか北川が手を打った。

「そういや、相沢も久瀬も嫌になるほど実力者ってのはわかるんだが、今はどっちがつえーんだ?」

それだけならまだどうでも良かった。
だが、その場にいた恒例の連中は何を思ったか悪ノリを始め出した。

「それはちょっと気になるわね……」
「でも、契約してるって異形だったら祐一の方が強いんじゃないの?」

まぁ、腐っても煉獄五指だから力の源は強いが……戦いって言うのはそれだけじゃない訳で。
総合力と言ってしまえばそれまでだが、それ以外にその場の地形をどれだけ上手く利用するか、周囲をどうやって自分の味方に引き入れるか。
そんな外的要因も戦いには少なからず影響を与えてくれる。

「久瀬さんの実力は、過去にその片鱗を見せていただきましたが……」
「確かに全部を見せてもらったって訳じゃないですしね〜」
「でも、久瀬は強い……」

わいわいと、どんどん話に花が咲いていっている気がする。
気付けば、回りにいた連中全員がどっちが強いのかという好奇心に刺激されているように見える。

「祐一は負けないんだからぁっ!!」
「あぁ、そんな騒ぐ事じゃないから落ち着け」

俺の勝利を心から信じて疑っていないという真琴の咆哮に、とりあえず頭を撫でて落ち着かせてやる。
それにしても強さ、か……
昔の久瀬だったら間違いなく俺の方が強いって言えるんだが、今ならどっちだろうなぁ。
もちろん俺としてもそう簡単に負けるつもりも無いが、圧倒して勝てるかと言われれば頷く事が出来ない。

「なら、やってみりゃいいじゃねーか?」
「唐突に出てきて問題発言してんじゃねぇよ、親父」
「細かい事は気にスンナ、要はどっちが強いか戦ってみりゃ何より早いじゃねーか」

確かに、言葉であれこれ言い合うよりよっぽどシンプルで解りやすい。
共闘して来たから大まかな強さってのは予想が付くが、戦いってのは何回もやったわけじゃないしな。

「……そうですね、そろそろ過去の清算をするには丁度よい頃合でしょうか」

どうやら、会話の途中で来ていたであろう親父について、久瀬も来ていたらしい。
顎に手を当て考えるような動作をした後、俺だけに向かって挑発的な気を叩きつけてきた。

「過去の清算って……お前ら昔なんかあったのか?」
「まぁ……極端に言っちまえば俺が天狗になってた久瀬の鼻っ柱叩き折った」
「あれはなぁ……見ていて面白かった」

本当に愉快でたまらないという表情をする親父と、若干思い出したくないのか顔をしかめてみせる久瀬。
その表情を見てさらに好奇心が刺激されたのかワクワクした表情を隠さない皆。
確か、あれはまだ俺が相沢家から追い出される前の事だっけか……?




























「おう、祐一」
「……何?」
「今からちょっと戦ってもらうから準備しとけ」

その頃はすでに俺はルシファーとの契約が終わっていた。
異端児として扱われこそしたが追い出されるまで行っていなかった時期だったな。
その時に親父が唐突に俺の部屋に入り込んできたかと思えば、その一言を残して去っていった。

「……俺に、関わるなよ」

異端児として迫害される日常、両親や妹こそ普段と変わらないようだったが、他はもう関わらないか拒絶するのみの空間。
そんな中にいるのは、まだ精神の成熟してない俺にはきつかった。
だからこそ、関わらないように関わらせないように部屋に引き篭もっていたんだが……
どうせ親父の事だ、無視を決め込んでもそのまま引っ張り出してくるだろうから諦めて俺は最低限の装備を整えて親父の後を探した。

「……なんだ、その子供は? 健二さん、貴方が相手をしてくれるのではなかったのですか?」

そこにいたのは、相沢家では見覚えのない俺の1つか2つ年上であろう少年だった。
そして、何が不服なのかわからないが、親父に食って掛かっている。

「あー、だから言ってんだろ。お前が久瀬の逸材って話は聞かして貰ってるから、ウチの倅と戦ってそれを証明して見せろって」

どうでもいいが、俺が呼び出された理由はなんだろうか?
話の流れからして、俺があいつと戦わないといけないのか?

「お、祐一。来たか」
「……で、何の用?」
「聞いてたんだろ、あいつと軽く戦ってみろ」

そして、視線をそっちへと向けると、親の敵と言わんばかりに睨まれた。
ついでに殺気まで全開なんじゃないかという勢いだった。

「く……解りました、彼を倒してしまえば貴方と手合わせしていただけるんですね!」
「あぁ、もし祐一に勝てたら好きなだけやってやるよ」

要するに、俺は親父のメンドクサイ事の露払いに選ばれたんだろう。
深く考える気にもなれなかった俺は、そう割り切って模造剣を取り出した。
腐っても親父に挑もうとする奴だ、それなりに強さを持っていると想定くらいはしておこう。

「俺は、いつでも」
「ならば……行きますよ!」

俺を前座かなんかとしか認識していないんだろう。
頭に血が上がりすぎているようにも見えるが、この程度で平静を失うくらいの奴だからソレも仕方が無いか。
久瀬と言ったが、よっぽど温室で育てられて来たんだろう。

「……遅い」

久瀬が武器を構えて、一歩踏み出すためにわざわざ力を脚に込めた瞬間、俺はすでに駆け出して背後に回りこむのに成功していた。
あのあからさま過ぎる力の込め方はフェイクだと思っていたんだが……
どうやらあれはそういう意識は一切ない本気だったらしい。

「なっ!」
「……マジで?」

攻撃すれば一発で終わらせる自信はあったが、あまりにもお粗末過ぎる戦い方に俺はそう問いかけてしまっていた。

「くっ……少しは出来るようですね」
「……いやいや、人の話聞けよ」

問いかけた瞬間をチャンスと思ってか、俺から距離を取りながらも寝言を言う。
そんな事喋ってる暇があれば、逆に斬りかかる位してきた方がよっぽどいいだろう。
そのくらいしないと、親父の相手をして来た俺は生き残れなかったんだから。

「…………」
「いいでしょう……先ほどは油断しましたが、今度はそうは行きません!」

確かに、さっきよりはまともになった初動だが、それでもあくびが出そうなほど遅かった。
親父に挑もうとするくらいだ、実力者であると思った俺の予想はどうやら大分下降修正しないとダメのようだ。

「はぁっ!!」

大げさすぎるくらいの予備動作を持って振り下ろされる模造剣、それが眼前に迫るまで俺は一切動きを見せる事すらしなかった。
予測ではあるが、コレを久瀬はあまりに早すぎて対処できないと感じた事だろう。
実際は、あまりに遅すぎてここまで引っ張ってもまだ避けれるだけでしかなかったんだが。

「よっ……」

まさに当たると言う瞬間に軽く半身をずらしてかわし、剣が地面に当たる頃に元の位置に戻ってやる。
この動作が見えてなければ、剣が俺の身体をすり抜けたかのように見えるだろう。

「なっ、剣が……!?」
「ふーん……あんな大口叩いた割にたいした事ないな……時間の無駄だろう、これ」
「っ!?」

気付いているかわからないが、俺は始まってから一歩もその場から動いていない。
動く必要すらないくらい、全ての技術が未熟の一言で片付けられるレベルだったからだ。

「もういいや、寝てろよ」
「がっ……!」

これ以上、俺が相手をする必要もないだろうと判断して、首筋に手刀を当てて意識を刈り取る。
そんなに強く打ち込んだツモリもないのに、久瀬の意識は簡単に闇に落ちた。
……その程度の実力で親父とやったら、下手したら死んでるぞ。

「もう、いいだろ。俺は部屋に戻るよ」
「あぁ、十分だ」































……と、まぁそんな事がありまして。
実は昔の久瀬の実力は、この学校でもそんなに高くなかったって訳なんだが。

「いやいやいやいや、今のアイツ見てたらどうやってもそんな想像できねーって!」
「っても、事実だしなぁ……?」
「おう、あの時の久瀬の倅とやってたら、俺が相手だったら殺っちまってるかもしんねー」

まぁ、本人としても相当堪えたみたいで、今となっちゃその資質を大いに伸ばしてる状態だ。
今の久瀬だったら、そう簡単に勝たせてもらえるとは思えねぇよなぁ。
かといって、俺もそうそう負けてやるつもりもないけどな。

「そんじゃ、そろそろ……」
「えぇ、始めましょうか……」

そして、俺達の睨み合いは冒頭に戻る。
お互いが、お互いの隙を探しているからこそ動けない。
俺も久瀬も隙が無いとは言わないがソレはあくまで囮、コチラからしかけようとアッチが仕掛けて来ようと返しの刃で斬られるのが目に見えている。
だからこそ、そこ以外の隙を探して動かない状態だ。

「……決着は、間違いなく一瞬だろうな」
「……そうですね、僕と君では激しく撃ち合う事はまず無いでしょうから」

摺り足で位置を微妙にずらしながらも、視線を外す事はない。
如何に自分の間合いに持ってくるか、実力者同士の戦いに置いてソレが何よりも重要となる。
俺の刀に比べ、久瀬の双剣は若干間合いが短い。
だが、俺達の実力になるとその間合いに入ってからも攻防は発生している。
ただ撃ち込めば勝てるというのは、経験の浅い人間同士の戦いでしかありえない。

「……動かないね、祐一も久瀬さんも」
「……違うわ、動けないのよ。相沢君も久瀬君も……」
「完全な後の先を取った方が勝つ戦いですね……」

周りに視線を向けられる程余裕があるわけじゃないから憶測でしかないが、構え始めた頃に比べて人数が増えているような気がする。
なんていうか、学園で自習していた奴らも騒ぎを聞きつけて集まってきたって感じなんだが。

「……なんつー気だよ」
「何言ってるのよ、こんなの祐一達の本気に比べたらそよ風みたいなものじゃない」

気という、魔力とは別の圧迫感を持った空気が俺達の間で軋みを上げている。
動物的特長の強い北川と真琴だからこそ、その気という物をある程度正確に把握しているんだろう。
恐らく、この均衡が崩れた時、それが俺達の開戦の合図であり決着の印でもある。
そしてその時は、刻一刻と着実に近づいて今にも飽和を迎えようとしていた。

「スゥ…………空海流剣術 相沢 祐一」
「……フゥ、久瀬流隠密双剣術 筆頭 久瀬 隆」

ピシリ……と、その場にいた大半の人間が大気のひび割れる音を聞いただろう。
今まで位置取りをしていた俺達が止まり、軽く呼吸を整え同時に自分たちの流派を口にした瞬間。

『いざ、参る!!』

常人には追う事が出来ない速度を刀身に乗せ、抜刀し駆けた。

……キィン!

一瞬、金属同士がぶつかる様な甲高い音を響かせ、俺達は位置を入れ替えた状態で武器を振りぬいた体制で止まっていた。

「……昔に比べりゃ、圧勝とは行かないか」
「……まだ、及びませんでしたか。僕もまだまだ修練が足りない」

俺の武器は健在だが、久瀬の双剣は半ばから両方とも折れて無くなっている。
お互いの頬には、斬られたという事を今知ったかというように一筋の赤い線が入りそこから血が流れてきた。
そこから遅れること数瞬、無くなっていた久瀬の刀身が、空から落ちて俺達の中間に刺さった。

「なんつーか、抜刀の初速上がって無かったか?」
「そうですね、北川君が練成してくれたこの鞘が、なかなか使い勝手がいいのですよ」

刀を鞘に収め、頬から垂れる血を手の甲で荒っぽく拭いながら言ってやると、自分でも思っていたのそう言ってきた。
そう言われてみれば、昔から使ってる鞘とは微妙に形が異なってるよな。
あんまりそういうのをしっかり見てた訳じゃなかったから気付かなかったが……

「祐一も、抜刀時の切れ味が増しているように感じましたが?」
「あぁ、日々是鍛錬也ってな。俺もただ呆然と過ごしてた訳じゃないぜ」

力を驕る物は、その力に翻弄される。
だが、しっかりと自分を把握し力というモノを自分の物にする、その努力を怠らなければそのまま自分の力は俺の味方になる。
だからこその鍛錬であり、生きている限りソレを欠かす事はないだろうさ。

「やれやれ、少しは届いたかと思いましたが……まだ先は長そうだ」
「俺もお前も、まだまだだよ。限界なんて物は自分が無理と思った先にあるもんだ」
「確かに、精々精進を欠かさないようにしましょう」

軽く拳を突き出してやると、苦笑しながらも合わせてくる。
そして、俺達は周りのギャラリーが動き出すと同時に、その波に抗う事無くその身を委ねた。
まぁ、ぶっちゃけ俺達の試合の解説を求める集団に揉みくちゃにされただけなんだけどな。

「祐一、ほっぺた大丈夫?」
「あぁ、この程度で済んで良かったくらいだ」

そんな中、いつの間にか隣に来ていた真琴が俺の頬に手を当てながら聞いて来た。
それに苦笑いを含ませ肩を竦めて答えてやると、とりあえずは安心したような表情を見せた。
実際、俺達の実際の獲物でやってたらこの位じゃ済まなかっただろう。
どちらも超一流の業物と言って問題ない武器だ、下手すりゃ片腕くらい吹っ飛んでたかもしれない。

「血、止まんないね」
「んー、まぁこんなもん唾つけてりゃ治るさ」

刃引きしている武器だからこそ、鋭利とは言いがたい切れ味だったんだ。
恐らくそのせいで塞がるのにちょっと時間が掛かってるんだろうさ。
だから気にするまでもないと答えると、真琴は何故か俺の背中に嫌な汗を流させる笑みを見せた。

「ふーん……じゃあ」
「ちょ、真琴!?」

唐突に襟を掴まれ、身体が全体的に前向きに引き倒された時、頬に暖かい感触を感じた。
すぐ視界の横に真琴の顔が移り、それが何をしているのかが見えてしまった。
いや、確かに唾つけてりゃ治るなんて言ったけどさっ!

「ペロ……ペロ……」
「ちょ、マジで……ま、真琴! や、やめ!!」
「ん、ダメ……祐一の治療はワタシがするの……」

もしかしなくて、玉藻御前モード混じってらっしゃる!?
最近自然と混ざって出てくるのは慣れたっちゃ慣れたけどさ!

「あー、また始まった……沢渡のアレは始まると周りなんて関係ねぇからなぁ……」
「ま、仲がいいのはいい事じゃないかしら?」
「やれやれ……祐一も何度同じ事をやれば学ぶんでしょうかね」

いや、別に嫌とかそういうんじゃなくて、ここは学園の校庭のど真ん中って訳で!
さらに言うと周りには俺達を興味津々に見てる仲間とギャラリーがいる訳でして!?

「いーなー……真琴ちゃん」
「そうですよねー……羨ましいですぅ」
「はぇー、真琴さん。激しいですねぇ……」
「佐祐理、その表現はちょっとおかしい……」

いや、せめて眺めてないで遠巻きに見てる連中をどっかにやってくれると、俺としては嬉しいんだけどなぁ!?
そんな俺の心の叫びは通じるわけが無く、真琴の気が済むまで舐められて、解放されるまでこの衆人観衆の中で俺の苦行は続く事になった。
















……くっそう、相手が相手だけに怒るに怒れねぇ。
















あとがきっぽぃもの


玉藻御前モードは、本編でも後々出して見たいなぁ。


初書き 2009/10/21
公 開 2009/10/22



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