「あぁ、今日もいたのか」 日差しは強く、だけど風は穏やかな気持ちのいい昼時の空気の中。 いつも通りの鍛錬をこなし、気晴らしに出掛けて辿り着いた冬木市の灯台。 「まーな、特にやることもねーからな、どうだ、お前もやるか、セイバーのマスター」 そこには、ど派手なアロハに身を包んだ青い槍兵が、釣り糸を海に垂らしていた。 「ん、借りるかな」 「おぅ、なら後ろのロッドケースから好きなの1本もってけ。リール付けれるヤツはないけどな」 そう言って、片手で竿を固定したまま器用にもランサーは後ろのロッドケースを指さした。 なんだ、数本持ってるのか 「なんで1本しか使ってないんだ?」 「あー、一応予備で持ってきてるが、竿がけ持ってきてねーからな、全部持ってやるわけにもいかねーし」 「確かに、さすがに腕は2本しかないからなぁ……」 自分に使いやすそうな竿を選びながらも、ランサーが鵜飼いの如く竿を操る姿を想像してしまった。 あぁ、これは案外面白いかもしれないなぁ 「まぁ、1本で充分釣れてるから問題ないだろぅよ」 「確かに、この港は無節操に魚が釣れるからなぁ……あ、これにするかな」 「あぁ……それか」 ランサーは、俺が手に取った竿を見て唐突に眉間にしわを寄せた。 なんだろう、この竿は使っちゃまずかったんだろうか? 「坊主、使うのは別にいいが、一応金ぴかのだぞ、それ」 「げっ……あいつのか……」 「釣れるかもしれんが、やめときな」 「あぁ、そうする……」 っていうか自分用の竿持ってたんだな、ギルガメッシュ…… 予想以上に手入れとかがしっかりされててびっくりしたぞ…… 「まぁ、普通に俺の使っておけや」 「ん、この青いのか?」 「あぁ、一応浮きを付けれる仕掛けも持ってきてるからよ」 「お、サンキュ」
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ランサーが座っていた所から少し離れて座り、男2人で釣り糸をのんびりと垂らす。 これが聖杯戦争の時だったら、全く信じられなかっただろう光景だな。 すでに俺達の後ろのバケツには、何故かまたサバが山のように釣れている。 「相変わらず無節操な港だ」 「いいんじゃねぇの?おもしれーし」 「食材に困らないという点では素晴らしいんだけどな……」 なんせウチには腹ぺこ騎士王がいるし。 これを全部調理に回せれば、数日分は浮くかも知れない。 ただ、栄養とかの偏りを考えなければ……だけど キュッ ランサーの竿に反応があったのか、よっと言ってあたりを引く。 「……またサバか」 「……サバだな」 さすがにサバが山のように釣れているこの状況じゃぁもういらないか…… ランサーは針を抜いて、魚を海に返していた。 「もうちょっと大物が掛かってもいいんだがなぁ……」 「そうなのか?」 「あぁ、数日ここで釣りしてるがな、クロダイの大物なんか良い引きしてるぜ?」 「へぇ……それはすごいな……」 この港、本当に何でも釣れるのか……? しかしながら、比較的好戦的な部類に入るこの男が、なんでここでこうしているんだろうか。 性格的に考えると、喜んで殺し合いの相手を捜しにいくものだと思っていたんだが…… 「…………」 「…………」 二人して釣り糸を垂らしたまま、一言も喋らない空白の時間が過ぎていく。 だが、かといって沈黙が重いとか言うこともなく、穏やかな雰囲気が周りに残っている。 ボーっと糸を目で追っている内に、そんな事も些細なことかと考えている自分がいることに気付いた。 ただ、友人……というワケではないが、釣りをする者同士の空間の共有が悪くないと思っている。 「なぁ」 「ん、どうしたセイバーのマスター」 「アンタはこれからどうするんだ?」 理由なんてない、ただ、聞いてみたかっただけ。 今、この冬木市が異常な状態であるというのはマスターだけじゃなくサーヴァントに取っても同じのハズ。 だから、これからどうするかを聞いてみたくなった。 「あー……別にどうするつもりもねぇよ、挑んでくるヤツがいたら相手になる、そうじゃないなら特に何も」 「ふーん……」 「まぁ、こうして生きてるんだ。俺の 前にも聞いたことがあったけど、やっぱりこうして改めて聞くと器の違いを感じる。 俺は、この非常事態に少なからず動揺してたっていうのに、全く動じていない。 それどころか今を楽しんでるという事がすぐに見て取れる。 「……まいったな……本当にアンタはすごいな……」 「はっ、小僧に褒められても嬉しかないね。ほれ、そろそろ当たりが来る気配だぜ」 「ん? おっと」 キュッ 「おぉ、やったじゃねぇか」 「あぁ、結構良いサイズのクロダイだな」 今引いた竿には30pはあるだろうクロダイが掛かっている。 しかし……なんだ。 「本当に釣れすぎだろう……?」 「……まぁ、気にするな」 「……そうだな」 そしてまた仕掛けを海に投げ入れる。 そういえば……数日前までいた奴等がいなくなっているな…… 「そういえば、ランサー」 「んー?」 「 そう問いかけると、ランサーはあからさまに嫌そうな顔をした。 どうやら一時的とは言え、楽園を潰されたことがことのほかこたえたらしい。 「あいつ等な……適当に釣って満足したのか、次の日から現れるのがまばらになったぞ」 「あー……確かに、めちゃくちゃ馬鹿にしてったからなぁ……それで満足したのか……」 「俺にとってはいい迷惑だったがな……」 うん……まぁ心中お察しするぞ…… 騒がしくて釣りどころじゃなかったからなぁ…… 今もあの連中がいたらランサーの楽園はまた失われることになってただろうし……
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ あたりが夕方に暗くなり始めた頃か…… そろそろセイバーが腹を空かし始めるな…… まぁ、結構釣れたし頃合いかな。 「さて、と。俺はそろそろ帰るかな」 「あー、セイバーの嬢ちゃんが腹空かす頃か……」 セイバー……ランサーの認識にも腹ぺこがインプットされてるぞ…… まぁ、事実だから否定しないけどな。 そんな失礼な事を考えながら仕掛けを引き上げ、借りていた竿をロッドケースにしまう。 道具があったおかげで案外楽しめたな。 「なんだかんだでサバは山のまんまだな」 「あぁ、ここは異様にサバが釣れるからなぁ、ま、好きなだけ持ってきな」 「いいのか?アンタの分は?」 さすがにこの大量な魚を独り占めするというワケにはいかないだろう。 店で買ったらかなり良い値段になるハズだし。 「別に構いやしねーよ、連日釣ってきてるから、そろそろ飽きてきたんだ」 「そうか……ならありがたく貰うよ」 「バケツは明日にでも返しに来てくれりゃそれでいいからよ」 明日……? ここ連日釣りに来ていると言うのにまた明日も来る気なんだろうか? 「明日もやる気なのか?」 「それ以外に特にすることもねぇからな、街に出たって暇なだけだ」 確かに、聖杯戦争と違って自分から進んでマスターやサーヴァントに挑む必要性もないからな…… 今のこの状態は、ランサーに取っては丁度良いんだろう。 やりたいことをやりたいときに好きなだけするということが。 「そしたら、今度ウチに飯、食いに来ると良い。これ使ってなんか作ってやるよ」 「ほぉ、そりゃいいな。言峰と違ってまともなもんが出てきそうだ」 「味は保証するぞ」 ──まぁ、楽しみにしてるぜ。 そう言ってランサーは笑った。 さて、そろそろ急がないと本当にやばいな。 「じゃぁ、俺は行くよ。引き続き、頑張って釣ってくれ」 「おう、また来いや。邪魔しねーならな」 「ははは、俺はあいつ等とは違うさ」 「クク……確かにな」 2人で軽く笑った後、港を後にする。 過去に殺し合いをやった者同士が一緒にいるという不可思議な空間。 だが、ここがランサーのお気に入りの空間というのも少し分かるような気がした。 「さて、今日はとりあえずサバの味噌煮から作り始めるとするか」 夕方となってもまだ暖かく感じられる港。 バケツ一杯の魚を片手にひっさげて、のんびりと衛宮邸に向かいながら、ふと思う。 できることなら、これからもここが ……多分、無理だろうけどな。 〜 あとがき 〜 時雨ですです、こんばんわ。 いまいち消化不良になっちゃいました……無念。 ランサーの釣り話は意外に書くことが難しかったですよっ でもまぁ、青い槍の兄貴はFateでも上位ランクに好きな男キャラだからね! 書いてみようとは前々から考えていたのですよ。 ランサーは戦ってるのもいいけど、こうやって釣り糸垂らしてのんびりしてるのも似合うよなぁ まぁ、服装がちょっと暴力団の関係者っぽいってのが笑いますが……w きっとこれからもランサーは現界してる限り釣りをしにくるんでしょうねぇ…… ちょっとまとめが悪い感じもしてますが、とりあえず今後の課題ということで。 とりあえず、これにてこのお話は終了です。 それでは、このへんで。 From 時雨 2006/05/31 |