夢を見ている……


果てしない暗闇。


月夜の灯りを隠すほどの鬱蒼とした深い森。


闇をさらに暗く、深くしたような、そんな錯覚を覚えさせる森の決界。


そして、あたりに充満する、濃密な……殺意。


「……もう、満足であろう?遠野の志貴よ」


その暗闇から、現れたのは、俺……













遠野と七夜














いや、違う……


「……七夜……か」
「そう、オレは七夜。退魔四家のウチの1つ、遠野に滅ぼされし一族、七夜」
「……なんの用だ」


七夜が姿を見せたと同時に、いつでも行動に移せるように身体を動かす。
よし……これで不意打ちには対応できるだろう。
一方の七夜は、そんなこっちを嘲笑うかのように唇を歪ませ。
まるで舞台上の役者のように両腕をこちらに広げてみせた。


「判らぬか、遠野志貴」
「さぁね、お前の言いたいことなんてさっぱりだ」
「フッ……良かろう、判らぬならば教えてやろう。茶番は……終わりだ」
「な……なんだと……」


茶番だって……?
一体何のことだ……


「貴様と言う、偽りの存在が織りなした劇場。その幕引きをオレがやってやろう」


そう言った瞬間、七夜の手には、俺の武器である七つ夜が出現していた。
……バカな、あれは……俺のポケットにあったハズなのに。


「下らぬ、判っておろう遠野志貴。ここは貴様の深層心理、定められたモノなどオレ達の存在と、この森のみよ」
「……」


ヤツは……七夜は愉快そうでもあり、つまらなそうでもある顔をして淡々と言葉を紡いでいく……
そして、少し考えた後、唐突に思いついたかのように言った。


「そうだな、オレが表に出た暁には、遠野、真祖、弓、貴様に関わった全ての魔を殺すとするか」
「なっ……!?」


それは、近くのコンビニに行くかのような気軽さで……
俺にとって……もっとも……許し難い言葉が出た。


「別におかしいことは無かろう?オレは退魔一族が1人。魔を狩ることこそオレの楽しみ」
「そんなこと……させるかっ!」
「フッ……できるか、遠野志貴よ?」


七夜……奴は言った、この世界で定まっているのは俺達と、周りの森のみと。
それならば、俺の認識が確立されれば……


「……やってやるさ」


俺が意識すると、確かにいつも持っている七つ夜の感触がそこにはあった。
2人の志貴……2人の七つ夜……
同じであり、異なるモノ。
1つの器に2つの人格が入る事はあり得ない。
ならば、どうするか。


「……さぁ、殺し合おう、遠野志貴」
「いいだろう……七夜志貴!」


生き残った方が本当の志貴であり、敗れた方は幻想と消える。
さぁ、始めよう。
生死を賭けた……存在を賭けた……殺し合いを。






吾は面影糸を巣と張る蜘蛛……






ゆらり……
唐突に七夜の身体がぶれたと思った次の瞬間には、視界にはヤツの姿はなくなっていた。
……くそ……俺は、知っていたハズだ!ヤツの本来の戦い方を!
ヤツのその身に刻み込まれた、今亡き退魔一族の戦い方を!





ようこそ、遠野志貴。この素晴らしき惨殺空間へ……





まるで重力という束縛を感じさせない超低空姿勢による高速移動。
周りの木々を飛び回り、気配すらも感じさせなくする特殊な体術。
自分自身を闇として、木々を糸と見立て、まさしく蜘蛛のように動く。
そして、その動きが作り出すのは……完全なる殺戮空間の形成。


「潔く行く者は、また速やかに逝く。安心して消えるが良い志貴。お前の後釜は、このオレが座ってやるよ」
「……そんなことは、させない!」


俺ならどうする……最初の一撃は……
強襲ならば……上かっ!

……キンッ

俺はヤツであり、ヤツは俺だ。
この世界で、ヤツが考える事、行うことは、俺にも同様の事ができるんだろう。
だからこそ、俺はヤツの初撃の凶刃を止める事ができた。
……拙いな、実際の所、動けないことはない……
でも、やはりヤツの動きを完全にトレースしきれていない……


「ふん、案外やることはやれるようだな」
「そう簡単には行かないさ……俺は、大切な人たちを守る。お前を……殺してでも」


やらなきゃ、いけないんだ……
ここで、俺が、七夜を倒さなきゃ……
みんなが……コロサレル
守る……何に変えても……ヤツを……殺してでも


「あぁ……その殺意、素晴らしい。ならば、これならどうかな?」


両腕をだらりとさげ、身体全体の重心を落とす。
一瞬、前に走ったかと思うと、またヤツの姿が消えた……
くそ……一体どこにっ!


「……隙だらけだ!」 ── 閃鞘・八穿
「ぐぁっ!」


これは……上空からの強襲技か!
……は、疾い
これが……退魔として人外と戦う術を生み出した一族の技なのか!
辛うじて、致命傷は避けたといえ、浅くもない傷をつけられた…
肩口から血が流れるが……
……大丈夫、まだ動けるっ


「そうら、まだまだ行くぞ」
「……くっ」
「捌く」 ── 閃鞘・一風

片腕が、地面に着くくらいにまで身体を下げ、全身のバネを使った加速。
ゼロから一気に最高速へ。
一瞬で懐に入り込まれ、身体を捕まれ地面に投げつけられる。
とっさに身体を捻って回避しようとしたが、かわしきれずに鳩尾に一撃を貰ってしまった。


「……ぐはっ……」
「しかし、下手だね。どうも……防御も、攻撃も、何もあったものじゃない、それはどこの児戯だ?」
「……ゲホッゲホッ」


七夜なら、今の隙で俺の命を狩るのは容易かったはず……
なのにわざわざ、俺の前に立ち、呆れたように蔑むようにこっちを見ている。
圧倒的な自信、自分が確実に強者であるという確信の現れなんだろう……
悔しいが、七夜の体術で俺はヤツには敵わないだろう。
でも、諦めるわけにはいかない、諦めは即、死に繋がるのだから……
だけど、俺に……ヤツが倒せるのか……?


「さぁ、どこまでオレを楽しませてくれるかな?」


そして、また高速移動を始める。
木から木へと、留まることなく俺の周りを円を描くように飛び交う。
くっ……目はなんとかついていけるが……身体まではそうはいかないのか……
くそぅ……負ける訳には……いかないのに……


「どうした、動かなければお前の負けだぞ?」
「……っ」


ほんの数瞬、七夜から意識をハズしただけで。
それだけで、七夜は俺の前に現れていた。
刃を逆手に持った独特の体勢……これは……
やばいっ!!


「……斬刑に処す」 ── 閃鞘・八点衝
「うあぁぁ!!」


これが……本当に人間が放てる速度なのかっ!
最初の数発だけは捌いたが、それ以後は捌ききれず身体に傷痕が増えていく。
くそ……致命傷がないとは言え、攻撃を喰らいすぎた……
これ以上血を流すのは拙い……


「さらばだ、遠野志貴……その首、オレが貰い受ける」








── 弔毘八仙ちょうびはっせん……無情に服す!











「……がっ……」
「いずれ、地獄で会おう」























意識が急速に遠のいていく……






あぁ、そうか……俺は殺されたのか……






このまま、俺は消えるのか……






……秋葉……翡翠……琥珀さん……






……弓塚さん……シエル先輩……シオン……






……アルクェイド……






俺は……また守れないのか……






壊れる……壊れル……壊レル……






コワレル……?






何が……コワレル?






壊れている……俺の身体が……?






いや……俺の身体はとっくの昔に……






この身体はすでに壊れ……






……俺の目には、こんなモノしか見えない……






……こんな……ツギハギだらけの世界しか……見えていない……
















「くっ……あ、ははは……ハハハハハハハハハハ!!!」
「……生きていたのか……遠野志貴」
「くくっ……さぁ、続けよう七夜志貴。他の誰にでもない、お前は、俺に、コロサレル
「……いいだろう、もう一度、貴様のその首、貰い受ける」


線が見える
この世界は、どこもツギハギだらけで、とても脆い。
それは、地面も、森も、そして……人も。
ならば、俺がすることは……?
決まっている。
俺が殺すのは……七夜志貴という世界。


「斬る!」 ── 閃鞘・七夜
「ハハッ!!」 ── 閃鞘・七夜

キィンッ!
身体を前に走らせ、次の瞬間に最高速へ。
そこから相手を直線に斬る技。
同時に放たれた攻撃は、完全に威力を相殺した。

「……っ!」 七夜の顔が驚愕に歪む。
先程まで一方的に自分にいたぶられるだけの存在だったハズのモノが。
唐突に自分と同じ位置にまで上り詰めた事へのわずかな驚愕。


「……極彩と散れ」 ── 閃鞘・八点衝
「くっ……くはは!」 ── 閃鞘・八点衝


前方を無数に切り刻む無情の一撃。
だが、それも今の俺には通じない!

ガガガガガッ!!!

今度も全て相殺した。
それを認めたのか、七夜の顔が僅かに笑みを浮かべ、歪んだ。


「……フッ……救われないな、俺も、お前も……所詮は同じモノという事か」
「ハハハハ!!」


見える。
さっきまではほとんど何も見えなかったのに。
その動きが、思考が。
すべて、手に取るように。
七夜の動きの全てが、スローモーションになったかのように。


「……これで終わらせよう、遠野志貴」


七夜が構える。
そして、その手にあった七つ夜をコチラに向かって投げ放つ。
それと同時に、七夜の姿が視界から消えた。











──  極死・七夜! ───










心臓を狙い投げたナイフと、投げた後に首を刈り取る為に頭上へ飛び掛かる。
これは、回避不可能と言われる、七夜の暗殺術による究極の殺しの技。
そのどちらかを避ければ、そのどちらかにコロサレルのだろう。
……だが、俺には関係ないのことだ。
避けることができないのならば……殺せばいい。
俺の目に……殺せぬモノはないのだから。

ザシュッ!!

「……っな!!」
……教えてやる、これが……モノを殺すと言うことだ……

ズダンッ!

「く……不様だな……」
「お前の負けだ、七夜志貴」
「ククッ……どうやら、そのようだ。オレはもう戦えん……」


飛び来る必殺の凶刃の線を絶ち、頭上から襲い来る七夜の腕の腕の線も絶った。
繰り出せば必殺の技も、その武器たるモノが無ければ必殺にはなりえない。
そして、両腕を失い、無防備となった七夜の身体の『死』を、俺は確実に穿った。
これで……おしまいだ。


「クク……ま、満足できる内容だったさ。望まれない役者はこのまま、闇に消えるとしよう……」
「……最後に教えてくれ……何故、今になって現れた」


最初の方で斬りつけられ、ボロボロになった身体に鞭を打って無理矢理動かす。
かなり血が出ているが、まだ問題はないだろう……
ゆっくりと、七夜の方に歩み寄りながら、最初から疑問に思った事を問う。


「お前も理解はできるだろう、遠野志貴。1つの器に2つのモノ、相反するモノ同士が収まることはなく、いずれ器は崩壊に向かう」
「……」
「志貴という存在がこれからも在り続けるためには、どちらかが消える必要があったのだ」


そう語る七夜の両腕はなく、血が止まることなく流れ続けている。
それと比例するように、徐々に七夜の目から生気が無くなっていった。
そうか……点を穿ったのだ……消えるのも時間の問題だろう。


「それならば……強い方が残る。この世は所詮弱肉強食なのだからな……そして、お前が勝った」


── それが結論だ。
そう言って、七夜はゆっくりと目を閉じていった。
これから、七夜志貴という、退魔一族の末裔の存在は世界から幕を閉じる。
俺が遠野志貴で在るために、七夜志貴という存在は消えていく。


「さらばだ、遠野志貴。本来は存在せぬ、吾が半身よ」

ザァッ!!

七夜が完全に目を閉じたとき、今までは感じ無かったハズの一陣の風が吹き抜けた。
そして、その風が止んだ時には、七夜志貴という存在はすでに消えていた。
更に驚くべき事に、周りの景色が、あの始まりの平原に変わっていた。
暖かな光が差し、穏やかな風が吹き抜ける……先生と出会った、あの草原に。


「……くぁ……ふぅ」


流石に血を流しすぎたのか、立っていることに限界を感じて、草原に倒れ込む。
倒れ込んだ草原は、俺の身体を予想以上に優しく、受け止めてくれた。
空は相変わらず青くて、そこにはツギハギがない。
あぁ、あの頃から変わらない……新緑の香りがする……










「さよなら……もう1人の志貴オレ






これからも、俺は生きていくのだろう。






本来あり得た、七夜志貴として、退魔の一族としての生活ではなく。






遠野志貴として、今までのありふれた日常を。






七夜という犠牲の上に成り立った、ありふれた日常を。






大切なみんなと一緒に。























      〜あとがきですよ〜



うぅ、書き慣れないシリアスを書くのはしんどいというか……辛いっ!ムズぃっ!
でも、楽しいっ!そんな感じで蠢いてます、時雨です。。
どうだろう、ある意味初めてのシリアスっぽぃもの書いた気がしますが……
変じゃないかな、かな?
と、とりあえず自分としては結構満足げな作品なのですがっ!(汗

……まぁ、とりあえずっ、この作品内の志貴君は、精神的には安定したということで、長生きさせます。(強制
そんな、志貴君は、嫌いですか?

         それでは。


From 時雨  2006/04/04

加筆修正   2006/04/05