暖かく、うららか。 アルクェイドの襲来も、シエル先輩の襲撃も、加えて言うなら琥珀さんの暴走もなく。 遠野家では滅多に感じられないくらいの穏やかさで。 特に用事もなかった俺は。 ちょっとした、気まぐれを起こすことにした。 「……さて、と」 その日、何故かアルクェイド達が襲撃してこなかったからか、俺は普段より気が緩んでいたのかもしれない。 特にやることもなく、ベッドの上で寝転がっていたら、ふと、それも自然と浮かび上がったものがあった。 そう、それがお茶だ。 遠野の家に来る前、有馬の家に預けられていた頃は結構頻繁にお茶を飲んでいたことを思い出したのだ。 「思い出すと、飲みたくなってくるんだよなぁ」 そんな単純な自分に苦笑してしまう。 非日常に慣れすぎた、今の俺の日常。 人外が普通に家を訪れ、そしてその人外を止めるためなのか、他に目的があるのか、また人から外れたものが訪れ、そして、家主たる混血がそれに対して説教をしようとし、結局騒動が始まる。 「えーっと、急須は……あった、湯のみもあるのかな?」 そして、あわや流血沙汰が発生するかと思うところで、俺や琥珀さん、メカ翡翠が動いて鎮圧する。 ここしばらくは、そんなことくらいしかやっていない気がする。 「お茶っ葉は……んと、玉露、玄米茶、なんだこれ、韃靼そば茶?……お、緑茶だ」 最初、玉露を見つけたとき、少し飲んでみたいような気がした。 だけど、どうせなら俺が淹れるよりきっと琥珀さんの方がおいしく淹れれるだろうと思って結局、当たり障りの無い緑茶を飲むことにした。 それに、玉露なんて有名すぎるお茶、もったいない気もしたからな。 どうせなら、有名なのはおいしく飲みたいだろう? 「量は……、これくらいでいいかな?」 一人分でいいかもと思ったが、また気まぐれが起こり、ちょっとだけ多めにお茶っ葉を急須の中に入れる。 きっと秋葉に見られたらもったいない!って怒られるんだろうなぁ…… 「あとは……お湯は沸かさないとダメか」 電気ポットみたいな便利なものを置いてはいないらしい。 軽く見回してみたが、どこにもそういったものは見当たらなかった。 琥珀さんはすごいなぁ……全部自分の手でやっているのか。 そう感心しながら、台所を漁り、なんとかやかんを見つけた。 蛇口から水を入れ、コンロの上にかける。 「これでよし」 少しずつ、やかんの注ぎ口から湯気がたってくる。 はっきり言って、俺は何度のお湯が一番おいしく淹れれるのかなんていうのは知らない。 だから、適当に沸騰さしてしまってもいいだろう。 別にお茶にこだわりがあるわけでもないしな。 ピーッ! 「お、できたできた」 やかんをコンロから離し、急須に出来たてのお湯を入れていく。 湯気とともに、お茶独特のいい匂いが俺の鼻に届いた。 うん、やっぱりこの匂いはいいなぁ。 お湯を入れた急須を軽く揺すって、お茶っ葉とお湯を馴染ませる。 このくらいでいいかな? コポコポ…… 緑色が鮮やかなお茶が、急須の注ぎ口から湯飲みに向かって出てくる。 うん、きっと悪くないできだろう。 「……でも、珍しく琥珀さんが来なかったな」 台所の管理者、琥珀さんは結構俺が台所にいると、ひょっこりと顔を出すことが多い。 でも、今日はそんな様子はない。 きっとまた地下王国でなにかやってるんだろうなぁ……と、少々の現実逃避をしてしまった。 そして、入れたお茶に口を付ける。 「……はぁ……久々に飲んだけど……やっぱいいなぁ、お茶は」 基本的に遠野家の食卓は、洋風といったのがメインとして出てくる。 そのときに飲むのは大抵コーヒーか紅茶だ。 きっと言えば、琥珀さんは淹れてくれるかもしれないが、ただ、有馬の家でやっていたみたいに自分で淹れてみたくなったのだ。 「……もう一杯飲もうか」 一杯目を飲み干し、もう一杯くらいならいいかと思い、再び急須にお湯を入れていく。 「なに、してるんですか、兄さん」 「っ!?」 び、びっくりしたぁ…… 誰もいないと思っていたから、唐突に後ろから声をかけられてついついびっくりしてしまった。 「あぁ、秋葉か、びっくりさせないでくれよ」 「別にそんなつもりはありませんでしたが、それで、兄さんはなにをしているんです?」 「あぁ、これだよ」 そういって、お湯を入れたばかりの急須を持ち上げて見せてみる。 「お茶……ですか?そんなもの、兄さんが淹れなくても琥珀にでも言えばいいでしょう?」 「いや、ただちょっと自分で淹れたくなってね」 秋葉に呆れたような目を向けられているが、これくらいは別に俺がやっても問題ないだろう。 料理とかはできないけど、お茶を入れるくらいは俺にだってできるんだから。 「そうだ、秋葉も飲むか?」 「……そう、ですね。たまには日本茶もいいかもしれません……頂いてもいいですか」 「もちろん」 一人分しかお湯を入れていなかった急須に、もう一人分のお湯を追加する。 そうだな、俺一人ならこのまま台所でもいいかもしれないが、秋葉まで同じ事をさせるのは悪いか。 「ちょうどいいから、これ持ってテラスまで行こうか」 「……兄さんのことですから、このまま飲まされるのかと思いました」 やっぱりというか、秋葉はそういう雑なことをあまり許してくれないからなぁ。 きっとこのまま飲んでいたら説教を食らっていたかもしれない。 「それじゃ、行こうか」 「はい」 たまたま目に付いたお盆に、急須、湯飲みを2つ、おまけにお湯を入ったやかんを載せて、テラスへの扉を開く。 開けたと同時に肌を撫でる風は優しく、それだけでもとてもいい気分になれそうだった。 秋葉も同じだったのか、少し風に身を委ねるかのように目を閉じて風を感じているように見えた。 「さてと、ほら、秋葉」 「あ、ありがとうございます、兄さん」 普段とは違った、紅茶ではなく、日本茶でのアフタヌーンティー。 台所で飲むのもいいけど、こういうところで飲むのもいいなぁ。 ただ、ちょっと見た目はおかしいかもしれないけどね。 秋葉は、ちょっと考える動作をしたあと、ゆっくりと湯飲みに口を付けた。 「……悪く、ないものですね」 「だろ?」 二人して、一息つく。 あぁ、やっぱりこういう時間も悪くない。 〜 あとがき 〜 ほのぼのSS書き、時雨さんですこんばんわ。 久々のタイプムーン系SSでござります。 ゲーム自体しばらくやってないのでキャラとかを思い出すのに苦労しました。 うーん、結構忘れてるもんだなぁ? このネタが浮かんだのは、たまたま、俺も気まぐれでお茶を飲んでいた時です。 ふとした瞬間に、何か懐かしく感じるものを飲みたくなる、そんなことありませんか? それでは、このへんで。 From 時雨 2006/04/13 |