ドクン……ドクン……


脈打つ心臓は生きている証


ドクン……ドクン……


生きている……本当に……?


ドクン……ドクン……


胡蝶の夢のように……これは……


ドクン……ドク…ン……


俺が夢見ている、世界なのかもしれない……


トクン……トク……


俺は、きっとベットの上で今も眠っているんだろう


ト……














散歩日和














「……志貴様」
「……ん?」

頭がズキズキする……
最近は貧血の方も良くなっていたハズなのに

「志貴様、朝です、起きてください。志貴様」

何か、嫌な夢を見たような……
だけど、思い出せない。

「あぁ……おはよう。翡翠」

毎朝同じ事の繰り返し。
朝は翡翠に起こされ、琥珀さんの料理を食べる。
昼、学校で有彦や弓塚さんと他愛もない話をし。
夜は部屋で寝るまでの時間をゆっくりと過ごす。

「……散歩にでも行くかな」

そして、今日は休日。
ちょっとした気分に誘われ、外に散歩に出た。

「お?」

欠伸を噛み殺してちょっとした散歩をしている時、何かが目の前をよぎった。
目が自然とそれを追っていくと、そこには俺の先を歩く1匹の黒い大きめのリボンをした黒猫がいた。

「あぁ、お前か。最近よく見かけるなぁ?」

話しかけると、その猫は歩くのをやめ、こちらを振り向いた。
声をかけられたから振り向いただけで、俺に対してなんの感心もないような目をこちらに向けている。

「お前も散歩か?なんなら一緒に行くかい?」

そう言ってしゃがみ、手を差し出してみる。
数瞬、考えるかの様な動作をしたが、結局近づいてくる事はなく、そっぽを向いて歩き出した。

「はは、フラれちゃったか?」

差し出した手をポケットに入れて、歩き出した黒猫の後に続いて立ち上がり、歩き出す。
黒猫は俺から付かず離れずの微妙なペースを保ちながら俺の前を歩き続けていた。
その気になれば、とっくに俺なんて置いてけぼりにできるだろうに。
何故か、その黒猫は俺が歩ける道を、のんびりと歩いていけるペースで進んでいた。

「……もしかして、俺の散歩に付き合ってくれてるのかな?」

これは俺の自惚れみたいなモノなんだろうか?
でも、どうしても俺には黒猫が、俺と一緒に歩いてくれている様に感じてしまう。
それだからだろうか……
普段通らないような道を歩いているのに、不安に思う事もなく黒猫と同じ道を歩いていけるのは。

「一体、どこに案内してくれるのかな?」

周りを見回しながら歩いてみれば、いろいろなモノが見えてくる。
普段じゃ気付かない小さな店や、建物の間にある小さな空き地に咲く小さな草花。
そして、高いビルの隙間から見える朝独特の風や青空。
いつもなら気づきもしない穏やかな風の流れも少しずつ感じられる。

「んっ……はぁ……のんびりとしてるなぁ」

時折身体を伸ばしたりして、ただ黒猫に付いて歩いてるだけの散歩。
ゆったりとした時間を満喫しているウチに、少しずつ見知った風景が見え始めた。
普段、通っている学校へと向かう為の通学路。
その途中に見えるちょっとした公園。

「お、ここでお別れか。」

公園が見え始めたとき、黒猫は突然ペースを上げて、公園の草木の間に姿を消した。
追いかける気も、立ち止まる気にもならなかったので、ペースを保ったまま公園まで歩いていく。
そして、公園の入り口まで辿り着いた時、唐突に目眩が起きた。

「……っ!?」

貧血なんだろうか……?
それにしては強烈だったような……
まだ少し霞む目を擦って前を向くと、さっきまでいなかったハズの人影が見えた。

「……あれ……?」

青くて長い髪、首元にワンポイントの白いぽんぽんが付いた黒いワンピースとカーディガン。
青い髪を後ろでまとめる黒い大きなリボン、そして、無感情に全てを映す……赤い瞳。

ゴシゴシ……

「……気の……せいか?」

目を擦った後もう一度目を開いてみると、そこには人影も何もなかった。
確かに見たような気がしたハズなんだけが、そこにはいつもの光景が変わらずあるだけだった。

「気のせいみたいだな……」

もう一度目を擦り、再び前を見てみる。
すると、一瞬で消えた人影のあたりには、草木の間に消えた黒猫が座って、こちらを見ていた。

「……さっきのは……お前かい?」

声をかけても、相変わらず黒猫は特に感情を感じさせない瞳をこちらに向けたまま座っている。
よく見ると、その黒猫の瞳も赤い色をしていた。

「なんてな、猫に話しかけてどうするんだか」

自分でやったことながら、呆れて苦笑が漏れる。
猫が人に化けるなんて、ましてや、俺の前にいる黒猫が人になるなんてあり得ないのに。
きっと、日常が見せた泡沫の白昼夢なんだろう。

「そろそろ帰るか」

ちょっとした散歩のつもりが、いつの間にやら結構いい時間になっていた。
マズぃな、早く戻らないと秋葉にまた何か言われそうだ。
ちょっと散歩してくるとしか言わなかったからなぁ……
また玄関で翡翠と一緒に仁王立ちしているかもしれない。

「それじゃぁ、元気でな」

遠野家(いえ)に帰るために足を返したが。
ふと、散歩に付き合ってくれた黒猫に挨拶し忘れた事を思い出し、声をかけた。

「…………」

プィ

「あらら、やっぱ嫌われたか」

またしても、そっぽを向いて、どこかに歩いていってしまった。
結局、あの黒猫の声を聞くことはできなかったけど、それでも案外満足できている俺がいた。

「……さて、どうにか部屋まで帰るとしますか」

とりあえず、翡翠は良いとして、秋葉からは逃げ切れるかな?
まぁ、いざとなったら部屋まで駆け込めばいいか。











「っはー……疲れた」

予想通り、玄関にはいつも通り翡翠と、明らかに不機嫌ですという顔をした秋葉がいた。
俺が珍しく早く起きたと思ったら、1人で散歩にふらっと出掛けた事がお気に召さなかったらしい。
琥珀さんが後でそう教えてくれた。
でも、秋葉に俺が散歩に行った事を漏らしたのも琥珀さんらしいから、感謝はしないでおこう……

「散歩より、秋葉の小言に付き合う方が疲れる……」

ボスッ

なんとか、秋葉の小言から抜け出して部屋に戻り、そのままベットに倒れ込む。
いつのまにか干したのだろう、日干しした布団からいい匂いがしている。
あぁ、このまま寝てしまうのもいいかもしれない。
秋葉に言わせれば二度寝なんて以ての外なんだろうけど……これもありだろう。

「あぁ……本当に……気持ちいい……」

サァッ……

翡翠あたりが開けたんだろう、窓から風が吹いてきて、眠気に拍車がかける。
本当にこのままなら寝てしまいそうだ。

トン……

「……ん?」

微かに窓から気配を感じ、倒れ込んだ姿勢のまま、目だけを窓際に向けた。
そこには、朝の散歩に付き合ってくれた黒猫が立っていた。

「あれ……お前……なんでここに……?」
「…………」

相変わらず、無関心な目をしているけど、今の俺にはそこまで気にする気力がない。
今すぐにでも、睡魔に身を任せてしまいそうなくらいだ。

「……お前も、一緒に寝るかい?」

軽く身体をズラし、場所を開けてやる。
すると、最初は近づかなかった黒猫が今度は近づいてきて、開けたスペースで丸くなった。

「なんだ、お前もお日様の匂いがする布団は好きなのか……」
「…………」
「まぁいいや……おやすみ……」

意識が……落ちる……
きっと目が覚めたときに、この黒猫はまだいるだろうという確信に似た予感を持ったまま。
俺は、睡魔に身を委ねた。











その後、目を覚ました俺の前にいたのは。

予想通りの黒猫と……満面の笑みを浮かべ、カメラを片手に立っている琥珀さんがいた。

そして、琥珀さんの手からネガを奪う為に奮闘するハメになり。

さらに、それを妨害すべく起動されたメカ翡翠の軍団と戦い……

何故か混ざっている秋葉と死闘を繰り広げることになったんだけど……

あぁもう、勘弁してくれよ、琥珀さん……




















      〜 あとがき 〜


時雨ですです、こんばんわ。
志貴1人語り調とでも言いますか、レンは喋らないのでこんな感じになっちゃいました。
でもまぁ、それもありかと!?
あれ、白レンは喋るけど黒レンは喋らないよね……?

とりあえず、朝早くに散歩するとホントに世界が違って見えたりしますよ。
なんて言うか雰囲気が全然違うのです。
暇がお有りならばどうぞお試しあれ。

ヒロインは一応レンです。この場合はヒロイン猫か…?
ま、平和が一番いいですよね。



          それでは、このへんで。


                          From 時雨  2006/05/27