SOS団アジト、正式名称文芸部室。
朝比奈さんはメイドスキルの向上に勤しみ、長門は物言わぬ部室の飾りと化し、俺と古泉は無駄な時間をボードゲームに費やしている時。
物語は、俺の何気ない一言によって始まった。


「たいそう不本意ではあるんだが、古泉」
「なんです、藪から棒に」
「バイト、なんかないか?」


特に深く考えたわけでもない一言だ。
ただ、不思議探索パトロールのみならず何かと俺の金は消費されることが多いからかもしれん。


「どうした?」
「いえ……そうですねぇ、ご希望の職種などありますか?」
「実入りが多いなら多少肉体労働でもなんでも構わないぞ」


幸い、早朝強制ハイキングコースのおかげで運動不足というわけでもないしな。


「わかりました、僕でよければ探しておきましょう」
「ん、頼むぞ」


さて、どんなバイトを持ってきてくれるかね。


























「……どういうことか、説明してもらおうか、古泉」
「説明も何も、見ていただければご理解いただけたかと思うのですが」


落ち着いた雰囲気の漂う室内。
今、俺はそこにいる。
確かに、バイトを紹介して欲しいと頼んだのは俺だ、だがな、肉体労働と言ったはずだ。
なのになぜ俺は今バーテンダーの物まねみたいな格好をしているんだ。


「お似合いですよ?」
「やめろ、お前に言われても嬉しくもなんともない」


古泉が休日になって持ってきたバイト。
それは知り合いが経営する喫茶店、そこの手伝いという仕事だった。


「不服でしたか?それとも、僕と同じアルバイトの方がよろしかったですか?」


馬鹿言え、何の能力も持たない一般人の俺が、あんな巨人の相手などできるものか。
あんなの相手にしたら俺なんて一発であの世行きだぞ?


「冗談です、それでは、あとの詳しいことはマスターに聞いてください」
「あぁ、わかった」
「それでは、僕はやることがありますので」


そういって、古泉は帰っていった。
さて、俺も働く以上まじめにがんばるとしますかね。


「すいません、それじゃぁよろしくお願いします」
「うん、こちらこそよろしく頼むよ、キョン君」


その後、マスターの説明を受け、数名の客をこなし、大体の接客の感覚もわかってきた。
まぁ、やることが作った物を運ぶっていう仕事だったんだけどな。
ウェイターと言っても問題ないんじゃないか、これなら。
でも、これなら続けられそうだ。マスターもいい人だしな。


「……予想外だ」


……甘かった。
最初こそ、人の入りもまばらでそこまで忙しく感じなかったが。
昼時になった瞬間の人の入り方はもはや異常とも取れるくらいだった。
入れ替わり立ち代り入ってくる客、どんどん頼まれるオーダー。
そんな中でもマスターは温和な笑顔を浮かべたまま簡単にこなしていた。


「いやぁ、キョン君が入ってくれたおかげで、普段より楽ができているよ」
「そ、そうですか……」


これでも楽なほうらしい。
一人でこれをこなしていたというのか……働くって大変だよなぁ……


「ありがとうございました」
「ありがとうございましたー」


とりあえず、その後もやってくるお客さんをどうにか捌ききり、山は越えただろう。
すでに店の中にお客さんはいない状態だ。
悪いが、俺は現時点で一杯一杯だ。


「さて、お疲れ様」
「お、お疲れ様です」
「どうだい、なかなかつらかっただろう?」


笑顔で聞かれた。
正直に言おう、かなりキツい。


「もう大してお客さんも来ないだろうし、ゆっくりしててくれていいよ、そんなに片付けるものもないしね」
「わ、わかりました」


マスターは特に疲れた様子もなく、片付けの続きを始めた。
俺はというと、情けなくもカウンターの席に座って、小休止を取っているという状態だ。
えぇい、情けない。


カロンカロン……


「いらっしゃいませ」
「っと、いらっしゃいま……せ……」


入ってきたのは予想外の人物だった。


「おぉ、ほんとーに働いてるんだねっ!勤労に励むのは悪いことじゃないっさ!感心にょろっ!」
「つ、鶴屋さん!?」
「いやぁ、さっきちょろんと古泉君に会ってねっ!そしたらここに来て見れば珍しいものが見れるっていうから鶴屋にゃんはめがっさ気になったのっさ!それにしても来て見て正解だったねっ、キョン君のこんな格好なんて滅多に見れなさそうっさ!」


……あのニセスマイル超能力者め。
もしかして会う人会う人に言って回っているのかっ!?


「なんでも古泉君はハルにゃんを誘いに行ったらしいっさ!もしかしたらここに来るかもにょろよ?」


それは激しく勘弁していただきたい。
こんな姿をハルヒや朝比奈さん、長門にまで見られたらその次の日から登校拒否を起こしてしまいたくなる。


「キョン君、話すのもいいけど、とりあえず案内のほうを頼むよ」
「あ、はい、わかりました」


っと、ついつい話し込んでしまった。
今は仕事中だ、意識は切り替えなくちゃな。


「それでは、どうぞ、お席のほうにご案内いたします」
「それじゃぁ、エスコートを頼むっさ!」


朝比奈さんとは違った意味で笑顔に癒されるなぁと思いつつ、席に案内する。
真意のほどは不明だが、ハルヒたちが来るのなら人数が座れる席に案内しておいたほうがいいだろうと思い、4人がけテーブルに案内した。


「こちらで、よろしいですか?」
「ぜんぜん構わないっさ!それにしてもキョン君、ウェイター姿がめがっさ似合ってるねっ!」
「そう面と向かって言われると照れくさいですが、ありがとうございます」


かなり恥ずかしいと思うのは間違いじゃないだろう。
知り合いにそう言われるのは顔から火が出そうなほど恥ずかしい。


「とりあえず、コーヒーをお願いするっさ!」
「かしこまりました、少々お待ちください。マスター、オーダー入ります」


カロンカロン……


鶴屋さんのオーダーを通し水を運んですぐ、またお客さんが来たらしい。
まぁ、昼時に比べればこれくらいは問題ないがな。


「いらっしゃいま……何しに来た、古泉」
「つれないですね、せっかくお客さんを連れてきてあげたというのに」


何だ、とてつもない嫌な予感がする。
それも、俺の危険察知能力が全力で警報を鳴らすくらいの。
そして、ついさっき鶴屋さんから聞いていた事実を思い出してしまった。


「すごい、いい雰囲気のお店ですねぇ〜!長門さん」
「…………いい」
「団長自ら赴いてあげたわよ、感謝しないキョン!」


予感的中!
そこにいたのは予想通りSOS団のメンバーだった。
古泉、お前が言っていたやることとはこれのことか。


「えぇ、そうです」


ニセスマイルがそこにいはいた!
殴るぞ、お前。


「まぁ、落ち着いて聞いてください。とりあえず、案内してもらえますか?」


く……しかしこのまま話し込んでマスターにまた迷惑をかけるわけにはいかないか……
仕方ない、今は一時的に追及をやめてやろう。


「光栄です」
「さぁ、キョン!さっさと案内しないさい!」
「……はぁ、わかったよ。それではお席のほうにご案内いたします」


まさか、予防策としてやっていたことが本当に必要になるとは思わなかったが……
しぶしぶと、先ほど鶴屋さんを案内した席までハルヒたちを先導する。


「失礼します、お客様、ご相席をお願いしてもよろしいでしょうか」
「やぁ!ハルにゃんにみくる!やや、有希っこもいるのかぃ!こりゃまた勢ぞろいだねっ!どうぞどうぞ、一緒の方が一人よりめがっさ楽しくなるっさ!」
「あら、鶴屋さん来てたの?」
「あ、鶴屋さん、こんにちは」
「ハルにゃんたちが来るちょろんと前に来てたのさっ!」


鶴屋さんのテーブルには、さっき注文を受けたはずのコーヒーがおいてあった。
マスター、いつの間に運んだんですか。


「失礼、それで、先ほどの続きですが」


ハルヒ達が、雑談に花を咲かせ始めた頃を見計らって、唐突に古泉が俺の隣に立ち、顔を寄せてきた。
それにしても寄りすぎた、顔が近い、気味が悪い。


「これも朝比奈さんや長門さん、そして僕たちのためと思ってください」
「……どういう意味だ」
「ご存知のとおり涼宮さんは退屈を嫌っています、常になにか違うことをしていないと耐えられないというのはすでに実感なさっていのでわかるでしょう?」


それは、まぁ閉鎖空間なんてものに取り込まれたら嫌でも納得するしかない。
だが、それが今この状況になんの関係がある。


「彼女は常に新しい刺激を求めているといっても過言ではありません。そこで、今回ばかりは申し訳ありませんが、貴方を利用させていただきました」
「……要するにどういうことだ、お前の言い方は毎回回りくどすぎる」
「それは失礼。つまり、貴方の普段見れない一面を涼宮さんにお見せすることで、彼女の気を紛らわそうということです」


つまり、俺は悪魔への生贄みたいなものということか。


「極端に言えば、そういうことです」


……古泉、本気で殴っていいか?


「それは遠慮しておきます」
「ちょっとキョン!早く注文取りに来なさいよね!!」
「それでは、僕は席のほうにいかせていだきます」


あぁ、もう好きにしてくれ……
俺は諦めを背負ってとりあえず、注文を取るためのオーダー用紙を取るためにカウンターまで戻った。
紙を引っ張り出してハルヒたちの席に行こうとすると、マスターから声をかけられた。


「みんなキョン君の知り合いなのかい?」
「えぇ、まぁ、一応」


一部は不本意ながら。
これが朝比奈さんや長門だけなら喜んでオーダーを取りに行くんだがな。


「それじゃぁ、ちょっとくらいはサービスしてあげないとね」
「いいですよ、普通で」


あいつら……主にハルヒと古泉だが……サービスするだけ無駄だ。
そんなことで店に赤字を出す必要は無いと思いますよ。


「まぁまぁ、そういわないで」
「きょーんー!!早く来なさい!!」


あぁ、すでに大して持久力も無い堪忍袋の緒が切れそうになっているらしい。


「じゃ、注文取ってきます」
「うん、よろしく」


さて、これ以上怒らすのも得策ではない、さっさと行くとするか。


「で、注文は決まったのか?」
「何よキョン、言葉遣いくらいちゃんとやりなさいよね」
「あはははっ!ハルにゃん、キョン君はみんなの前だから照れてるんさ!」


鶴屋さん、余計なことは言わないでいただきたい。
ただでさえこいつは俺の困るさまを見て喜んでいる節が見て取れるんだから。


「照れない照れない!大丈夫、ちゃんと似合ってるっさ!ね、みくる、有希っ!」
「はい、キョン君とっても似合ってますよ」
「…………」


朝比奈さん、そんなまばゆい笑顔で言わないでください、本気で照れます。
それと長門、無表情のフリをしてさりげなく頷くな。
鶴屋さんもそういって周りを煽るのをやめてください、ハルヒの顔がどんどん恐ろしいことになるじゃないですか。
例えるならそう、獲物を見つけた猛禽類のような目だ。


「へぇ、照れてるんだ、キョン」
「……ご注文はお決まりでしょうか?」


こういうときは、流すに限る。
これ以上反応していたら泥沼にはまりそうだ。


「何よ、ちょっとは反応しなさいよね……まぁいいわ、あたしはこのオススメケーキと紅茶のセットね!」
「えっと……じゃぁ私はモンブランで。長門さんはどれにしますか?」
「……パフェ」


ええと、ハルヒがケーキセットと、朝比奈さんはモンブラン、長門はパフェっと。


「そうですね、僕はカフェオレをお願いします」
「鶴屋にゃんはティラミスを追加するにょろ!」


古泉がカフェオレ、鶴屋さんがティラミス……っと。


「かしこまりました、少々お待ちください。マスター、オーダーはいります」
「オーケー、任せてくれ」


さて、今のうちに水でも配りに行くか。
封印したはずの言葉が知らず知らずのうちにこぼれた。
……やれやれ。



















続きます。

            From 時雨  2007/03/23





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