「……ほれ、水だ」 「なによ、本当に愛想ないわね」 普通のお客さんの前ならちゃんとそれらしく振舞うさ、普通のお客さんの前ならな。 「お前らの前でそんな必要もないだろう?」 「何言ってるの、あたしたちはお客よ?」 ……はぁ。 これくらいのため息ならついてもいいだろう。 ある程度は予想してたさ、このくらいな。 「……失礼いたしました、それではご注文の品ができるまで少々お待ちください」 「最初からそうすればいいのよ!」 うるさい、お前に俺の気持ちがわかってたまるか。 悪態を心の中に留めながら、マスターの方まで戻ることにした。 「随分とまた、可愛い子ばかりだね?」 戻って早々、マスターにそう声をかけられた。 なんだろう、温和なマスターに変わりはないが、人のことをからかうような目に見える。 「そう、ですね、表面上は可愛いのもいますね」 内面を知ったら一瞬で瓦解するほどの儚いものだがな。 「で、あの中でキョン君の好みの子がいるのかな?」 「……!?」 な、何を言い出すんだこの人は突然。 そりゃぁ朝比奈さんは癒しの天使だし、長門は谷口いわく美的ランキングのA−の保持者だし、鶴屋さんも美人だ。 黙っていればハルヒだって美人と思う。 あのメンツを前にして好みじゃないとか言いだす猛者がいたら、それはホモか別次元の存在だ。 「あぁ、言い方が悪かったかな?あの中に、キョン君の好きな子はいるのかなってね?」 「ぶっ……!べ、別にいませんよ」 「はは、そういうことにしておこうか、とりあえず僕の予想じゃあの黄色いカチューシャの子かな?」 「っ!?」 ガチャン! しまった、トレンチを落とした。 何やってるんだ俺は!コレじゃマスターの言い分を肯定してるようなもんじゃないか!? 「図星……かな?さて、オーダーができたよ、持っていってもらえるかな」 「……わかりました」 くそう、マスターにまでからかわれるとは思わなかった。 左手のトレンチの上にケーキや紅茶を乗せ、右手で乗り切らなかったものをもって席に向かう途中、誰に言えるわけでもない愚痴をこぼすしかなかった。 「お待たせいたしました、ご注文の品です」 「やっと来たわね!」 開口一番がこれか。 まったく、もう少しくらい朝比奈さんを見習って落ち着くってことを覚えたらどうだ? 「ん〜!おいしいわっこれ!」 って、もう食ってるし!? いくらなんでも早すぎだろう、お前! みんなに行き渡るまで待てないのかっ! ハルヒが遠慮なく食い始めたので、俺も大急ぎで品物を配ることになった。 「わぁ、このモンブランおいしいです」 「……美味」 「うんうん、このティラミスもめがっさおいしいっさ!」 大好評だ。 みんながそこまで絶賛するんなら、今度俺も食いに来てみるか。 「それでは、御用がありましたらおよびください」 この後のことを、少し省略して教えよう。 他にお客さんがいないことをいいことに、無駄に俺はハルヒたちの席に呼ばれた。 そのたびに水をくれだの、ケーキ追加してくれなどの雑用を押し付けられたわけだ。 まったく…… 「あー、おいしかったわ」 「そうですね、癖になっちゃいそうなおいしさでした」 「ね、みくるちゃんまた今度来ましょうか」 「あぁ、それいいですね!長門さんも、鶴屋さんも一緒に行きましょう」 「そうだねっ!鶴屋にゃんはいつでもめがっさ大歓迎っさ!」 結局、会計はマスターのご好意によって格安で行われた。 「ありがとうございました」 だからマスター、こいつらにそんなにサービスしなくていいですって。 「すいませんマスター、足りない分は俺が出しますよ」 「いやいや、これくらい問題は無いよ、おかげさまでそこそこに繁盛しているしね」 それでも、やっぱり申し訳ない。と謝ったが結局笑って流された。 これが大人の貫禄というものなのだろうか? 「それじゃ、そろそろ後半戦だ、よろしく頼むよ?」 「了解です」 まぁ、結論から言おう。 昼より忙しかった。 喫茶店は普通昼時くらいしか混まないんじゃないのか? とてつもなく、バテた。 「ありがとうございました」 「ありがとうございましたー」 そして、最後のお客さんが帰ったと同時に、店の閉店時間になった。 すごい時間を長く感じたな…… 「お疲れ様、キョン君」 「マスターこそ、お疲れ様です」 これを一人でこなしていたのか、本当にマスターを尊敬するよ。 「あとは僕がやるからもう上がってくれて良いよ」 「はい……すいませんがお先に失礼します」 さすがに、もうこれ以上は動けそうに無い。 そんなのがいても邪魔なだけだろう。 俺は大人しく帰り支度を終わらせて、マスターより一足先に店を出た。 外はすでに暗く、人もまばらだった。 「あー……こりゃ明日は筋肉痛か……」 筋細胞達が悲鳴を上げているような錯覚。 それくらい疲れてるってことか…… でもまぁ……悪くはなかったな。 少し歩いたところで、見慣れたカチューシャが俺の目に留まった。 「……ハルヒ?」 「……!」 何故か、みんなと同時に帰ったはずのハルヒがそこにいた。 こんな時間に何してるんだ? 「みんなと帰ったんじゃなかったのか?」 「さ、散歩よ散歩!別に時間を見計らって戻ってきたわけじゃないからね!!」 よくわからないが、焦って自分から暴露してるぞ。 どうやらハルヒは俺を待っていたらしい。 なんだってまた? 「で、どうしたんだ?」 「――――っ!なんでもないわよっ!」 プイッっとそっぽを向いて怒られた。 何がしたいんだこいつは。 「……散歩はもういいのか?」 「もう終わったわ、これから帰るのよ」 「そうかい、それなら帰るか?」 「え?」 え?じゃないだろう。 夜に女の子を1人で歩かせるのは、男としていかんだろう? 「ほら、行くぞ?」 「そ、そんなに言うなら送られてあげるわっ」 「はいはい」 まったく、素直じゃないな。 まぁ、それは俺にもいえたことなのかもしれないが。 ボーっとそんなことを考えていると、唐突に目の前を何かが遮った。 「ん?なんだこれは?」 「見てわかんない?缶コーヒーよ」 それくらいわかる。 問題はなんで缶コーヒーが出てきたか、だ。 「散歩途中に買ったんだけど、いらなくなったからあげるわ」 「途中……ね」 その割に、買ったばかりのようにあったかいのはなんでだろうな? え、ハルヒさんよ。 「べ、別にいいでしょ!いらなくなったんだから」 「そういうことにしとくか……ま、ありがたくもらうよ」 「……最初からそうしなさいよね」 もらった缶コーヒーに口を付けながら、まぁこんな気まぐれもいいかと唐突に思ってしまったわけで。後で冷静になったらきっとなんつーことをしちまったんだ!って悶えるかもしれないが。 きっとこんな気まぐれも、まぁいいんだろうと自分に言い聞かせて。 俺はハルヒの手を取った。 「っ!?」 きっと、俺の顔は赤いだろう。 それに、ハルヒも真っ赤なのかもしれない。 ああ見えて、こういう直球に弱い彼女だから。 でも、この握った手から伝わるぬくもりは素直に悪くないと思う。 「それじゃぁ、帰るか」 「……うん」 −−−−きっと悪くない。 よくわからないウチに前編後編になるくらいの長さになってました、びっくり。 うーん、結局のところ、キョンのバイト話を書きたかっただけなのですが…… なぜにこんな展開に……? まぁ、それもまたありかなーと思いつつ、ま、いっか☆ミ はい、気持ち悪いですね、ごめんなさい。 とりあえず、こんな感じの内容でしたということで、また、次回作にて。 From 時雨 2007/03/24 |