珍しく、ハルヒや朝比奈さん、長門がいないという空白の時間ができたSOS団アジト。
いや、いないと言うのは語弊があるか、正確に言うと二人はハルヒによって拉致された。
これまた恒例になりつつあるかもしれないが、事の始まりを説明しよう。
それは数分前のことだ。















「ねぇ有希、思ったんだけど、貴女他に服持ってるの?制服くらいしかみたことないわよ?」


唐突な、ハルヒの問いかけ。


「日常生活に支障のない程度には所持している、問題はない」


これまた、簡潔な長門の回答。


「だめよ!せっかく有希は可愛いんだから!もっとオシャレしなきゃ世界の損失だわ!」
「……そう」
「決めたわ!もう学校も終わったし、これから有希の服を見に行くわよ!!」


そう断言するハルヒに、おずおずと小動物が震えるような感じで朝比奈さんが遠慮がちに声をかけた。


「あの〜、私もお供して良いですかぁ?」
「もっちろんよ!あたしにみくるちゃん、有希の三人でショッピングよ!」


言うが早いか、朝比奈さんと長門の手を取って、猛烈にハルヒは部室から姿を消した。
おい、ハルヒ。俺らのことを完全に忘れていないか?


「ふたりっきり、ですね」


やめろ、古泉、気色悪い。


「ふふ、冗談です」
「お前の冗談は本気に見えて気味が悪い」
「そうですか?」


あぁ。
時々、本気で身の危険を感じるくらいにな。


「で、何が言いたいんだ?」
「おや、わかりましたか?」


まぁ、なんだかんだでSOS団の連中との付き合いも長いからな。
朝比奈さんのお茶のこだわりや、長門の表情のちょっとした変化すらわかるようになってきた、と自称できるくらいには馴染んでしまったと思うぞ、不本意ながら。


「そうですか、それほどまで周りの事を知っていられたとは、予想外です」
「回りくどい賛辞などいらん。用件を話せ」


どうしてこいつはストレートなモノの言い方をしないんだ。
普段見せるニセスマイルにこの言動、よく女性にモテるもんだと違う意味で感心してしまう。
文化祭の時にいた女はきっとうわべが好みだったんだろう、そういうことにしておこう。


「では、率直に行きましょう。涼宮さんのことです」


そんなこったろうとは予想はしていた。
はっきり言って、こいつから聞くことが多いのはハルヒについて、世界の崩壊について、閉鎖空間についてくらいなもんだ。


「最近の涼宮さんですが、とても安定しているように見えます」
「……そうなのか?」


相変わらず土日のどっちかで不思議探索パトロールはあるし、教室にいても暇だ、退屈だと言っていたように思うんだが。
安定しているということは、閉鎖空間はこの頃発生していないのか。


「そうですね、この頃は僕もアルバイトに行かなくて済んで、普通の学生生活を楽しませていただいてます」
「なんだってまた、安定するような事件なんて起こってないだろう?」


俺がそういうと、古泉はそう来るだろうと思っていた、とでも言わんばかりの顔をして、肩をすくめて見せた。
なんだ、こいつに俺の行動パターンが読まれたようで不服だ。


「お分かりになりませんか?」
「あぁ、さっぱり、まったくもってな」


それが判明すれば、俺の日常ももう少し平和になるんじゃないだろうか。
そういう希望が望めるなら、それを掴もうとするのも仕方ないことだろう。


「本当に貴方は……鋭いのか、鈍いのか、判断に困る」


失礼な、自分で鋭いとは言わないが、そこまで鈍いつもりもないぞ。


「話を戻しましょう、涼宮さんが安定している理由、それは貴方です」


……はぁ?
なぜ、俺だ?
俺は特になにもしていないぞ。


「わからない、といった顔ですね」
「……そりゃぁな」


当たり前だろう、俺は今まで普段の自分と変わらない行動をしてきている。
それなのに、唐突にハルヒの安定の理由が俺と言われて納得できるはずがないだろう。
そう考え、古泉の方を見ると、いつものニセスマイルはどこかへ消え、本当に驚いたという表情をしていた。


「まさか、自覚がなかったんですか?」
「自覚……?なんのことだ」


自覚……と言われてもな。
やっぱり思い当たることなんてこれっぽっちもない。


「これはこれは……なるほど、そんな貴方だからこそ、涼宮さんは安定している、というわけですか」


こらそこ、一人で納得するな。
納得できたのなら俺にもわかるように説明しろ。


「説明、してもよろしいですが、僕の予想だと、涼宮さんの顔が見れなくなるかと」
「……そんな変なことをしていたのか、俺は」


元のニセスマイルに戻って古泉はそう言ってきた。
ハルヒの顔が見れなくなるような事を俺自身がしでかした記憶は無い。
まぁ、聞いたとしても古泉が言うような事態になることはないだろう。


「まぁいい、とりあえず聞かせろ」
「了解しました、では、初めに日常生活から行きましょう」


前フリはいいって言っているだろうが。


「まず登校時間、貴方は教室に入ってから、最初に誰に挨拶しますか?」


登校してから……まぁ、最初に顔をあわせるのは大抵ハルヒだな。
それにあいつもまるで俺に挨拶してこいと言わんばかりにこっちを見てくるし。
過去に俺が教室に入った時、谷口が早々話しかけてきたアレは酷かった。
その日のハルヒは過去最悪といって良いくらいへそを曲げていたからなぁ。


「2つめ、授業中。失礼ながら貴方は授業にずっと集中して講義を受けていらっしゃいますか?」


授業中は、ハルヒが毎回といって良いほどちょっかいをかけてくるな。
少し眠ってみようかと思えば、背中にシャープが刺さる。
プリントを回そうと、手だけを回せば手首を掴まれ何故かハルヒの方を向かされる。
そういえば、ハルヒが何もしてこないことに疑問を思って後ろを向けば、ハルヒが不敵な笑顔をしていたこともあったな。
結局あれはなんだったんだ?


「3つめ、昼食時。その時間、貴方はどこで食事をしていますか?」


昼飯か……大抵弁当か、購買でパンを買ってきて、国木田や谷口と食ってるな。
それ以外は……ハルヒに引っ張られて屋上へ行ったり、中庭の木の下だったり。
あぁ、昔なんの気まぐれだったのか、ハルヒに貰った弁当の玉子焼きはうまかったな。
あれは自分で作ったらしい、本当になんでもこなす奴だ。


「4つめは放課後です。貴方はどこへ足を運びますか?」


大抵ここだな、ハルヒが活動しないと言って来たときはそのまま帰ることもあるが。
よほどのことが無い限りはここに足を運んで、朝比奈さんが淹れてくれるお茶を飲んでいたはずだ。
これはお前も知っているだろう?


「そうですね、それでは最後です。休日、貴方は何をして過ごしていますか?」


祝日なんざお前も知っているだろう。
必ずどっちかで不思議探索パトロールに借り出される。
それが無い日は何故か知らんがハルヒから電話がかかってきて連れ回される。
つくづく、俺に休日という言葉は縁がないと思う。


「以上ですが、まだわかりませんか?」
「……さっぱりだな、何が言いたいのかすらわからん」


普段の私生活を思い出すくらいしか出来なかったが、古泉はこれで俺が理解できるとでも思ったのか?


「……僕から言ってもかまいませんが、本当に後悔しませんか?」


そう言って古泉は身体を俺の方に乗り出してくる。
やめろ、わざわざ乗り出してまで俺に顔を近づけるな、さっきも言ったが気味が悪い。


「涼宮さんにも共通して言えることですが。今の貴方方は互いに互いを主軸として生活している、ということですよ」
「……はぁ?」


何を言ってるんだこいつは。
俺がハルヒを主軸に生活しているだと?
俺が考えていると、古泉は片手でひじを押さえ、もう片手を開いてまるで諭すかのようなポーズを取った


「そうですね、言い換えるのなら告白していない恋人、と言ったところでしょうか?」
「――――!?」


な、何を言ってるんだこいつは!?


「考えても見てください、今までの例を涼宮さんではなく、別の存在、そうですね……朝比奈さんや長門さんに例えたとき、貴方は同じだけの思考時間を要しますか?」
「…………」


……おそらく、答えはNoだろう。
谷口や国木田、消えた朝倉などで考えたってせいぜい1つか2つの考えで終わるだろう。


「貴方は、自分でも気づかないうちに涼宮さんを生活の重点に置いていらっしゃるのですよ。涼宮さんもそれをなんとなく感じ取っているのでしょう」


そう……なのか?
俺は……ハルヒをどう見ていたんだ?


「自分が何をしていても、貴方がいつでも見ていてくれる。安心できる。それが、今の涼宮さんの安定の理由だと僕は考えています」


もう少し、自分の気持ちに正直になられると僕としても助かりますが。と、そういって古泉は席を立った。
気づけば、随分と時間が経っていたらしい。
すでに外は日が暮れ始めていた。


「それでは、僕はこれで失礼させていただこうと思います。以前も言いましたが、後は、貴方次第ですよ」


そして、古泉も帰り、部室には俺だけが残された。
だが、俺はそんなことにかまっている余裕が精神的に残されていない。
さっきから、古泉が言っていた台詞が頭の中にリフレインされていた。


『貴方は、自分でも気づかないうちに涼宮さんを生活の重点に置いていらっしゃるのですよ。』


……そう、なのか?
俺は、ハルヒを、どういう目で見ていた……?
落ち着け、俺。
確かに、今の俺のこの生活の発端はハルヒだ。
ハルヒがいなければ朝比奈さんや長門、不本意だが古泉などの存在と知り合うことなんて無かっただろう。
……いや、コレは関係ないな。
今の問題は俺がハルヒをどう思っているか、だ。


「涼宮……ハルヒ、か」


俺がハルヒを名前で呼ぶようになったのはいつだ?
詳しい時期までは覚えていない、だが、俺はいつの間にかハルヒと呼ぶようになっていた。
それは何故だ?
朝比奈さんは朝比奈さんであり、長門は長門だ。
俺が下の名前で呼んでいるのはハルヒくらいだ。
……何故だ?


「……まさか」


古泉が言っていたのは、もしやこのことか……?
あいつが言いたかったのは、俺のこの気持ちの事だって言うのか?
ハルヒが安定している理由も古泉は言っていた。


『涼宮さんもそれをなんとなく感じ取っているのでしょう』


……考えたくも無いが、俺はひとつの仮説に行き当たった。
その仮定は、たった今俺が自覚したこの気持ち、これにハルヒがなんとなく気づいている、それゆえにハルヒの安定に繋がっていると。
つまり、極端な話に言い換えれば、俺がハルヒを好きだと言うことが、あいつもわかっているということじゃないかっ!?


「……なんてこった」


どんどん顔が熱くなっていくのがわかる。
確実に今の俺は顔が赤くなっているだろうさ。
だってそうだろう、自覚もせず、伝えてもすらいない感情を相手に悟られるなんて。
あぁ、これからどうやってハルヒの顔を見りゃいいんだ。
思わず片手で顔を覆ってしまった。
なるほど、これが古泉の言っていた顔が見れないということか。


「あら、キョン。まだいたの?」
「――――!?」


本当に唐突で、俺が油断していたというのもあるんだろう。
ハルヒが、いつの間にか戻ってきている事に気づかなかった。


「なにやってんの、あんた?」
「……いや、なんでもない気にするな」


というか、願えるのなら、俺の顔を覗き込まないでくれ。
はっきりいって、今、お前の顔を普通に見れる自信がない。


「……朝比奈さんたちと買い物に行ってたんじゃないのか?」
「そんなもの、とっくの昔に終わったわ、ただ、忘れ物があったから取りに来ただけよ」


とりあえず、ハルヒの方に顔を向けないまま会話を続ける。
落ち着け、落ち着け俺。
精神統一、精神統一……よし、落ち着いた。


「そうか、なら俺も帰るか」
「気をつけて帰りなさいよ?」


まったく、こいつらしい言い分だこと。
こんな時間にお前一人で帰らせるわけないだろう?
かりにもお前は女なんだから。


「何いってんだ、ほれ、送ってってやるから帰るぞ」
「え?」


え?じゃないだろう。
まだ日が暮れきったわけじゃないが、明るいわけでもないんだからな。
俺が、この気持ちに答えを出すのはまだ、後でいい。
それまでは、この雰囲気を味わったって問題ないだろう?














「嫌ならおいていくぞ?」
「あ、や、待って、すぐ行くわよ!」














な、ハルヒ?


















 後書き

はい、またしてもお送りしました、『涼宮ハルヒの憂鬱』の二次創作でした。
とりあえず、最後の終わり方を違和感、納得いかないと感じた方は果たして何名いらっしゃることでしょう?
そんな貴方に送る、時雨流俺イズム!

別のパターン

なんてものを用意してあったりします。

なんとなく、こういう終わりもありなんじゃないかな?
それが、今見ていらっしゃるページの最後です。
そして、上のリンク先が、俺が、俺らしくまとめるとこうなるだろう。
そういう気持ちで書いたアナザーエンドになります。
どちらが好きか、それはご覧になった貴方の目で、お決めください。

それでわ、また、次回作にて。

            From 時雨  2007/03/25